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店頭販売もそれなりに上手くいき、祭りの二日目は終了した。
「ほんとに凄かったの! あんなに大きな岩を軽々持ち上げたんだから! 」
「えぇ、そうね。ドワーフさん達は力持ちだというのは話に聞いていたけど、それに張り合える人がいたことにも驚いたわね」
「す、凄く、ムキムキだった」
その日の夜、祭りから帰った母さんとシャルル、キッカがリビングで興奮冷めやらぬ感じで、昼に開催された力自慢コンテストとアームレスリング大会の様子を聞かせてくれた。
商品の酒目当てに多くのドワーフが参加したらしく、上位者はドワーフに埋め尽くされると誰もが予想した事だろう。公平にする為、魔法や魔術は一切禁止となってはいるが、種族による身体能力の差はどうしようもない。ドワーフは背こそ低いが、人間より遥かに力は強いからね。
そんなドワーフに挑む者が現れた。なんとあの鉱山町の坑夫達である。その丸太のような太い腕で大岩を持ち上げ、アームレスリングでは互角の戦いを見せ、大いに会場を盛り上げてくれたらしい。
「わたしも見てたけど、暑苦しい男達と沸き上がる会場の熱気で頭が沸騰しそうだったわ…… 」
レイチェルも見ていたようで、その時を思い出しては顔をしかめる。因みに、ムウナは食べる事に夢中で何も覚えていないそうだ。
結局二つとも一位と二位はドワーフに取られてしまったが、アームレスリングの三位は坑夫達のリーダーであるガスタルが取ったという。母さん達の話によれば、黒光りした肉体は今も健在みたいだ。
その後、坑夫達とドワーフの間に変な友情が芽生え、賞品のウィスキーやブランデーの樽を持って夜まで飲み交わしていたとか……
「んなことり、あたし達の歌の方がさいっこうに盛り上がったっしょ!! 」
「そうですね、アンネ様達の歌は今年も素晴しかったですよ」
どうよ! と誇らしげに胸を張るアンネをエレミアが褒め称える。
日が沈み始めた頃、俺達は店を閉めて人魚と妖精のコンサートを見に、港に設置された海上ステージへの向かった。
曲数はそんなに無かったが、人魚の透き通るような声と妖精の元気な声によるハーモニーは、その場にいた誰もが虜になってしまう程に素晴らしく、初めて聴く者は圧倒され、去年に一度聴いた者はその歌声に酔いしれる余裕があった。
去年では前世の曲を再現したものが主だったが、今年は人魚達が作った曲も混じっていた。
「そう言えば、アンネは歌ってなかったよな? 目立ちたがりやのアンネにしては珍しい。どうしたんだ? 」
「何か失礼な事を言われた気がするけど、まぁいいわ。あたしの歌はそんなに安くはないんでね。最終日にバシッ! とあたしの歌
でお祭りを締めんのよ!! 」
へぇ~…… まぁ他の妖精達にも歌えるチャンスがあるってのは良いかもね。
しかし、人魚の新曲ってJ-POP調なんだね。あんなに綺麗で良く通る声ならオペラとか似合いそうだけど、考えてみればオペラは聞かせた事はなかったな。後で魔力念話で知っている曲を聞かせてみるか。
「明日こそは兄様と一緒にお祭りを回るわ…… 」
「フフ、明日は私が店番をしてるから、存分に楽しんで来なさい」
固い意思を持った様子で俺の服を掴むレイチェルに、母さんは穏やかな顔で笑う。きっと兄妹が仲良くしている姿に、ホッコリしているのだろう。あのままハロトライン家にいたら、こんな気軽にレイチェルと付き合う事も無かったと思うと、何とも複雑な気分になるね。
「でも、明日は王様がおみえになるらしくて、朝から領主様の館に呼ばれているんだよね。多分挨拶程度ですぐに解放されると思うから、それまで店で待ってるか、アンネ達と回っていても良いよ」
「うん、分かった…… アンネとムウナと一緒にそこら辺を見てるから、終わったらマナフォンで連絡して…… 」
俺以外にも他の代表達も呼ばれているようだけど、お祭りを楽しみに来るだけだし、そんなに込み入った話にはならないよな?
「あの、カルネラ司教から連絡を頂きまして…… 明日、地下市場と繋がる転移門を使って、教皇様と共に此処へいらっしゃるようです」
「えっ!? 教皇様もインファネースのお祭りを見に来るって? ちょっとタイミングが…… もしかして裏で合わせてる訳じゃないよね? 」
「えっと…… 完全には否定できない所がありますね…… 」
そうだよな、国のトップがこんな都合よく揃うなんて不自然極まりない。そりゃアグネーゼも返答に困るってもんだよ。
「今年のお祭りは去年と比べてかなり規模が大きくなったわね。招待する客も大物が多いみたいだし、王妃様は何を企んでいるのかしらね? 」
「いや、企むなんて人聞きが悪い…… でも、今のリラグンドの情勢を考えれば祭りを開催するのもどうかというのに、王様が城を空けてまで祭りに参加なんかしたら、世論が更に王様非難に傾いてしまうんじゃないかな? というか確実に貴族派がそういう風に誘導するよね? 」
エレミアの疑問に、俺も改めて王妃様の動きが気になってしまう。
「むしろそれが狙いとも見えるわ…… まるで餌に食い付いてくるのをじっと待っているような…… わざと貴族派に付け入る隙を与えているみたい…… 」
レイチェルの言う通りなら、王妃様は王様に退位してほしい? いや、きっと餌に食い付いた貴族派を一網打尽にするような計画があるに違いない。
すっかりと祭りの話から政治の話になり、シャルルとキッカが眠そうにコックリコックリと船を漕ぎ始めたので、今日はこの辺でお開きにすることにした。
影移動で別荘に戻るレイチェルを見送り、自分の部屋に入ってすぐにベッドへ身を沈めると、一気に眠気が襲ってくる。
まぁ色々と不安ではあるけど、もう眠くてたまらん。明日の事は明日考えよう。