12
さて、祭り開催まで三日。準備もほぼ終わり、後は当日を待つだけ。
領主と王妃様、それと各商店街の代表達との打ち合わせも、もうこれ以上する必要もないし、こうなってくると暇になってしまうものだ。
『それはライル様の所だけでは? 他の店は旅行客やらで忙しくされているようですが? 』
魔力収納内でオルトンの容赦ない指摘に、俺はぐうの音も出なかった。
そう、あれから旅行客の数は増え、宿の部屋が足りなくなるという問題も起こっているのに、何故に俺の店は平常運転なのか…… 今はもう暇だと嘆いていたガンテの姿はない。ドワーフがいる鍛冶屋と知られて、自分専用の剣を是非とも打ってほしいと依頼してくる貴族が訪れるようになり忙しくしているらしい。おのれ、裏切り者め……
東地区では連日のようにやって来る貿易船と客船の対応で、代表のヘバックが、ここまで活気に満ちた港は初めてじゃ―― と、満足気な表情で眺めているその先では、今にも倒れそうに働く従業員達が走り回っていた。暇過ぎるのもあれだが、忙しけりゃ良いってもんじゃないね。
西商店街の喫茶店は長蛇の列が出来るほど有名になった。貴族、平民、農民問わず、妖精達との楽しい一時と珍しい菓子、そしてデットゥール商会の紅茶という組み合わせで、消費者達の心をガッチリと鷲掴みにしている。
北商店街は相変わらず貴族を中心に商売をしているのだが、王妃様から招待された者達の案内等で、カラミアの商会も休む暇もなく動き回っている。
そして我らが南商店街はというと…… どうしたことか、俺の店以外は大変繁盛している。トルニクス産の牛肉や豚肉を使っている酒場に宿屋。エルフ直伝の珍しい薬やシャンプーとリンスを売る薬屋。新素材で作られた滑らかで伸縮性のある服を売る服飾店。ドワーフ夫妻が営む工芸品店やエルフが手伝うパン屋もある。それと、南商店街だけで有効なポイントカードに興味を示して色んな店で買い物をしてくれる人達もいる。これで繁盛しない訳はない。それなのにどうして……
「どうしてこの店は何も変わらないんだ? まるでここだけ別の空間に隔離されているみたいだ」
「それが良いんじゃない…… アランは分かってないわね…… 」
先日から、デイジー達が来なくなった代わりに、アランとレイチェルが居座るようになった。
「しかし、レイチェルの影移動は便利なものだ。まさかハロトライン領からここまで一瞬とはな。これには父上も思わず笑みを浮かべていたぞ。もしかして、領主の座を狙っている訳ではないよな? 」
「まさか…… 次期領主は既にアランと決まっているでしょ。今更変更なんてしないだろうし、されても困るだけよ…… 領主なんて一欠片も興味ないわ…… 」
「そ、そうか? まぁ、それなら良いんだけどさ」
きっぱりと否定するレイチェルにアランは少し動揺し、紅茶の入ったカップを持つ手が震えていた。
今のレイチェルは闇の属性神からの加護により、魔力保有量が大幅に底上げされ、魔法の扱い方も教わっている。もう役に立たない闇魔法という偏見はハロトライン家には無いらしい。普通なら喜ぶ所なのだが、レイチェルは何処吹く風の如く平然としていた。
因みに、ハロトライン伯爵とその妻―― つまりは今世での俺の父親と母親は、北地区で購入した別荘で優雅に過ごしているのだとか。
「父様も貴族派のあからさまな行動を怪しんでいるわ…… それでも自分か動かず、様子を見る事にしたようね…… 」
「今の所、貴族派の奴等は王と王族派に抗議運動をしているだけで、中立派には其れほど影響はないからな。態々火の中に飛び込む奴はいないだろ? 」
「そこが変なのよ…… 確かに目立ってはいるけど、それに伴う結果には至っていない…… まるで何かから視線を逸らさせようと躍起になっているみたい…… 」
「ふ~ん? 」
あまりよく分かってなさそうなアランの空返事に、レイチェルは呆れと諦めが混じった溜め息を一つ溢す。
レイチェルの言うように王への目立つ糾弾は、本来の目的を悟られないようにしているのか、それとも貴族派にとって都合の悪い事をが浮き彫りになりつつあり、それを隠そうとしているのか。どちらにせよこの国にとっては良い事とは思えない。
公国の大公と貴族派の筆頭であるボフオート公爵との繋がりを示す証拠資料を受け取った王妃様は、いったいどの様に動くのだろうか?
去年のように貴族派の妨害が予想されるので、今年は警備と巡回の強化を図っている。例えどんな思惑があろうとも、貴族派の激しい抗議活動には変わりない。このインファネースの祭りに物理的な破壊を仕掛けてきてもおかしくない所に来ている。
確か奴等は難民の受け入れにも否定的だったな。他所からの人の受け入れ拒否に、技術流失の危険性、反対意見を無視して王の独断で連合軍への参加による激しい批難。
もう国王が何かをする度に噛み付こうとしているみたいだ。何より奴等の一番厄介なのは声が大きい所にあり、詳しい情報を得られない場所にいる国民達は、自分達へ届く声に耳を傾けてしまう。その結果、王に疑問を持つ者が少なからず出てくる。こんな調子で王への不信感が貯まっていってしまったら、本当に国王が退位させられる所まで行くかも知れない。いや、既に陰でその様に動き出しているかも。
とにかく、表で飛び交う情報は信用ならない。魔王との戦争に自国での騒乱の兆し。この祭り一つで人々の不安が消える訳ではないが、少しでも前向きな思考になってくれたらと願う。
それと何をしようとしているのかは不明だけど、王妃様の狙い通りになって欲しいものだね。それがより良い結果に繋がると信じているから。