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ボフオート公爵と公国が繋がっているという証拠は掴んだが、未だに見え隠れするカーミラの影は掴めないまま。
裏ギルドのマスターの報告では、例の町に潜むウェアウルフを捕らえて色々と情報を吐き出させようとしたけど、逃げられたうえに何人か帰らぬ人となったらしい。
無事に戻った者からは、ウェアウルフの人間形態には気配に魔力、匂いさえも感じない程の隠密性があり、一度見失うと探し出すのは困難だと言う。
確かに、俺も三人のウェアウルフに会ってはいるが、覚えているのは獣の姿だけで、人間に擬態している姿は記憶にない―― というか、思い出せないと言った方が正しいだろうか?
俺もその町に行って、ウェアウルフを捕まえるのに協力したい所だけど、お祭りの準備もあるし、下手に騒ぎを起こしてカーミラがますます警戒して隠れてしまっては困る。
公国に行商人として潜入するという手もあるが、何にしても先ずは祭りを成功させてからだな。
徐々に街の風景が祭り色へ変わっていく様子に、住民や難民達も俯いていた顔を上げて、何かを期待するような眼差しで街灯と街灯の間に飾られる提灯を見詰めていた。
祭り自体は楽しいイベントだけど、その準備が一番わくわくするものだ。それは参加している者も変化を見守る者も同じなようで、少しずつではあるが街に活気が戻って来ているように感じる。
ここまではデイジーとリタの要望通りなんだが、王妃様には別の狙いがあるみたいで、貿易海路の工事を急がせてはドワーフ達に文句を言われていた。まぁそれも旨い酒で容易く懐柔されてしまってるけど…… いや、もしかしたらそれが分かっていてドワーフ達はわざと声を大にして文句を叫んでいるのかも。
そんなドワーフ達を王妃様は上手に扱い、祭りが始まる二週間前には工事を完成させると、堕天使の運送業を利用して各国の要人に祭りへの招待状を送り始めた。
今年の祭りに出す屋台には、エルマンの協力によりトルニクス産の牛肉や豚肉が使われた料理も新たに加わり、良い魚と肉が両方味わえる。
それを聞いて一番喜んだのはムウナだった。
『にく、にく、おいしい、にく♪ はやくたべたい! まつりはまだ? 』
と、こんな風に魔力収納内で一日数時間は踊っている。恐らく祭りが始まるまで続きそうだ。もし何らかの事故か介入で祭りが中止にでもなってしまったら、怒り狂ったムウナが何をしでかすか分かったもんじゃない。これはどんな事があってもお祭りを開催させないと新たな世界の危機が訪れてしまいそうだよ。
祭り開催まであと一週間、インファネースには招待された他国からの客人や噂を聞き付けた人々が続々と集まってきた。
各商店街にある店は積極的に呼び込みをし、少しでも売り上げを伸ばそうとしている。その活気に触発されたのか、街は普段よりも人が多く行き交い、何時も以上の賑わいを見せていた。
昼の時間になっても俺の店にデイジーとリタの姿はない。何でも、新規の客が多くてゆっくりと休む暇もないんだそうで…… 特に他国からの貴族が、デイジーが作るシャンプーとリンス、リタの店だけに卸しているアラクネの糸で織った布地でつくった衣服にとてもご執心なのだとか。
夜には一般の旅行客が酒場に繰り出し、商店街はかつてない程の盛り上がりで、何倍にも膨れた日の売り上げに店主達も笑いが止まらないようだった。
魔物が活発化しているこの状況で、他国から旅行など出来るのかという心配はあったが、ドワーフ達の工事により安全が確保された海路を使って、インファネースの港には貿易船の他に客船が幾つも停まっていた。
だと言うのに…… この商機の波に乗りきれていない店もある。
「はぁ…… デイジーさんやリタちゃんの所は忙しそうで羨ましいね。でも、俺の鍛冶屋に影響はあまりないのは分かるけどさ、何でライル君の所も客足は何時も通りで変わらないんだろうね? もっとお客が来ても良いのに…… 」
普段ならデイジーとリタが紅茶を飲んでいるテーブル席には、暇そうに方肘を乗せた鍛冶屋のガンテが、不思議そうに店内を眺めていた。
「そんなの知りませんよ。これでも新しい客は来ている事には来ているんですよ? ただ他と比べて圧倒的に数が少ないだけです」
お宅の所よりはましだと暗に伝えると、ガンテはフッと口元だけで笑い、状況はお互いにあまり変わらないよ、と溜め息をついた。
「わたしは落ち着いてて良いと思う…… それに、隠れた名店っぽくて素敵じゃない? 」
今日も俺の店に来たレイチェルが、紅茶を飲んではのんびりと寛いでいる。
「そう言えば、ハロトライン家はこのお祭りに来る予定はあるの? 」
「えぇ、王妃様から招待されては、幾ら父様でも無視出来ない…… 母様とアランもお祭りを見に来る予定よ…… 」
へぇ、今世の母親もインファネースに来るのか…… まだ一度も会った事のない実の母親ともしかしたら会うかも知れないと思うと、何とも複雑な感じだよ
そんな俺の心情が顔に出ていたのか、レイチェルが気遣うように声をかける。
「大丈夫…… 母様のことだから、たぶん北地区から出ないと思う…… 」
う~ん、それはそれでね…… 会いたいのか会いたくないのか良く分からなくて、俺は何も言えずレイチェルに曖昧な笑みを送った。