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「そうか、今年もお祭りをするんだね。残念だけど、今回も僕は参加出来そうもないよ。今はまだ大人しくしているが、何時また魔王軍が動き出すかも分からないからね。勇者候補である僕が戦場を離れる訳にはいかないんだ」
マナフォンからクレスの心底残念そうな声が聞こえてくる。本当にタイミングがいつも悪いね。
「けれど、他の兵士達には良い機会かも知れない。この所ずっと気を張り詰めていたから…… 彼等にも適度な休息は必要だよ。でなければその内心労で倒れてしまいかねない」
「まぁ、全員とはいきませんが、希望者だけでも一時の休養を楽しんで頂ければと思っていますよ」
「そうだね。ありがとう、ライル君」
お礼を言われる程ではないが、それがクレスなのだから仕方ない。マナフォンを切り、今度は黒騎士へと連絡を取る。
サンドレアの王様には王妃様が報せている筈だし、俺から連絡する人物はこれぐらいかな?
「―― 祭りとは、随分思いきった事をするのだな。余の帝国軍に休養を必要とするような軟弱者などいないとは思うが、せっかくの招待だ。此方の方で希望者を募っておこう。最近、戦闘らしいものを満足に出来ず、兵達は不満を溜め込んでいる。その祭りで幾らか発散出来れば良いがな」
「大丈夫なんですか? 羽目を外すのは止めませんが、外しすぎて迷惑になるのは勘弁してほしいのですが? 」
「心配は無用だ。彼等には規律を重んじるよう、直接肉体に叩き込んであるからな。余程の事がない限り大人しくしているだろう」
うわ…… 流石は軍事国家なだけはあって、そういう所も厳しそうだ。
祭りの準備を始めて五日程経った頃、俺のマナフォンにとある人物から着信があった。
「お久しぶりです、ライルさん。聞きましたよ、何でもインファネースでお祭りをするらしいですね。私は招待してくれないのですか? 」
マナフォンから聞こえるしゃがれた声の主は、裏ギルドのマスターであるゼノのものだ。と言っても、彼は死霊魔術で死体に己の意識を憑依させ操るのを得意としているので、このマナフォンから聞こえてくる声も本人ものとは限らない。
「お久しぶりです、ゼノさん。裏ギルドのマスターがそんな簡単に表の行事に参加して良いのですか?」
「フフ、勿論良くはないですね。私がそんな公の場に出ようものなら、各国に要らぬ警戒をさせてしまうでしょう」
「なら、こうして連絡をしてきたのは、公国について何か進展があったと言う事ですか? 」
「まぁ、進展という程ではありませんが、一応報告と思いましてね。まず、転移魔石に登録されていた場所の近くにある町ですが…… 貴方が前に言っていたウェアウルフなる魔物の住み処になっているようです。住み処といっても、町全てを占領している訳ではなく、人間に紛れて生活しているようですよ。町長の邸にも加担しているという証拠も痕跡もありませんでしたので、ただ普通に町で暮らしているだけのようですね」
成る程、完璧に人間として擬態出来るウェアウルフは、その特性を活かして人間社会に溶け込んでいる訳か。
「それから首都と各大公達の領地を調査した結果、カーミラとの繋がりは確認出来ませんでしたが、代わりに其方の噂を裏付ける資料を見つけました」
こっちの噂で公国と結び付くものと言えば……
「もしかして、リラグンド王国の貴族派とヴェルーシ公国の大公が裏で繋がっているという証拠でも発見したのですか? 」
「はい。公国を治める四人の大公の一人が、其方の貴族派閥代表と言われているボフオート公爵と交わしたと思われる親書、これまで行われていた取引の内容が書かれた物と契約書も発見しました。一応証拠品として回収していますが、如何致します? 」
如何も何も、そんなもん俺の手に余り過ぎてどうして良いか分からないよ。でも、ボフオート公爵か…… 確か、シャロットの母親を死に追いやった人物で、最近表だって現国王と対立するような動きを見せているらしい。ここは有効に使える人物に託すしかない。
「その回収した書類やその親書を此処へ持って来てくれませんか? 取り合えず王妃様に渡そうかと思います」
「あぁ、ディアナ王妃ですか…… 確かに彼女なら有効に使ってくれるでしょうね。私も何度か話をさせてもらいましたが、あれは恐ろしい女ですよ。幸いにもライルさんは気に入られているようですが、あの女と敵対した者は例外なく悲惨な最期を迎えています。まぁその殆どは私達の仕事だったのですがね。それでも、敵には躊躇無しに殺そうとする女です。これからもリラグンドで暮らすおつもりなら、彼女の機嫌を損なわないよう注意した方が良いですよ。味方のうちはとても心強いですからね」
あの裏ギルドのマスターにそこまで言わせるなんて…… 改めて王妃様が怖いと思ったよ。
ゼノとの通話を切ると、すぐに部屋の影から誰かが這い出てくる。ま、そんな事が出来る人物は一人しかいないけどね。
「頼まれた資料を持ってきた」
「ありがとうございます、リアムさん」
影移動で俺の前に現れたのは全身黒い衣服を身に纏う男性は、闇の勇者候補であるリアムである。
「礼はいらない。これも仕事だからな」
彼にもクレスと共に魔王と戦ってほしいとは思うが、一度断れているんだよな…… いや、面と向かって嫌だとか言われていないけど、今もこうして公国を調査しているということは、戦争への参加意思は限りなく低いと見ていいだろうね。
回収してきた各資料を渡すと、リアムはさっさと影の中に入って姿を消した。仕事にストイックな性格なのかな? 少しばかり世間話でもすれば良いのに。
俺は受け取った資料を早速王妃様渡す為、マナフォンで連絡を入れた。その時の王妃様は貿易海路の工事進行を確認の為、船の上にいたけど、転移魔石を使ってまですぐにインファネースに戻り、馬車も待たずに歩いて店まで来たのには驚いたよ。
「成る程ね…… 感謝するわ、ライル君。思いがけない武器が手に入ったわ。これを突き出された狸野郎の反応が今から楽しみね。さて、どうやって料理してやろうかしら? 」
口では楽しそうにウフフと笑っているが、目は全然笑っていなかった。そんな王妃様を前に、頭の中ではゼノの言っていた事を反芻する。
うん。王妃様には余程の事がない限り頼るのは止めよう。あと、怒らせないようにしようと、強く心に誓った。