4
「あら? 漸く帰ってきたわね」
二階にある応接室に入ると、紅茶を片手にソファーで寛ぐ王妃様が此方を見る。
「お待たせして申し訳ございません。いらっしゃるなら連絡して頂ければすぐに戻りましたが…… 」
「クラリスから聞いたわ。ここ最近ずっと外に出てないって言うから、私も少し心配してたのよ」
王妃様、あなたもですか? 別に引き籠っている訳ではなく店番だってしているのに、どうして外に出てない=不健康だと思われるのだろうか?
「ご心配をおかけしたようで…… それで、本日はどの様な用件でいらっしゃったのですか? 」
「まぁ、その前に二人ともお掛けなさい。そうね、何から話せば良いかしら…… 最近、貴族派の者達が妙な動きを見せているのよ」
俺とエレミアがソファーに座るのを確認した王妃様は、少し考えた後そう話した。
「貴族派が? 」
「えぇ。多くの国々が魔王を倒す為、帝国を筆頭に連合軍を結成したのは誰もが知っている事よね? 当然、この国も積極的に参加をする旨を表明しているわ。でも、貴族派の者達はリラグンドから提供している転移魔術や空間魔術といった技術の流出に異を唱えているの。挙げ句の果てには、国王の退位を早めよという言葉も出る始末よ。何でも、歳のせいで正しい判断が出来ていないのではないか? なんて言っているらしいわ」
退位を要求して、その後貴族派の連中はどうするのだろうか? そんな疑問が顔に出ていたのか、王妃様は軽く溜め息を吐いて言葉を続ける。
「例え今あの人が退位しても、第一王子が正当な王位継承権を持っている訳だから、このまま行けばあの子が新しい王として即位するわね。でも、最近貴族派の者達が第三王子こそが王に相応しいと担ぎ上げる動きを大々的に表に出して来ているのよ。今王国では、第一王子を支持する王族派と第三王子を支持する貴族派との対立が表面化しているわ」
「えっと…… 国が大変な状況になっているのは理解致しましたが、私に何をしてほしいのですか? 」
「そう慌てないで、ここから本題よ。前に貴方には貴族派の者達がヴェルーシ公国と繋がっているかも知れないと話したのは覚えてるかしら? それがどうもただの噂じゃないようね。調査に出していた者からの確かな情報よ。貴方も裏ギルドを利用して公国を調べているんでしょ? あれから何か進展はあったの? 」
「いえ…… 裏ギルドのマスターが言うには、どうも公国自体が怪しいらしく、潜伏が得意な者達で首都を調べているらしいのですが、これといった報告はまだありません」
「そう…… カーミラの手下が持っていた転移魔石に登録されているという町はどうなの? 」
「それもあまり進んでいません。ウェアウルフらしき者を見付けたとの話はありましたが、その後の足取りが掴められず苦戦しているようです」
王妃様はそっとカップを置いて、何やら難しい顔で考えに耽り、徐に口を開いた。
「魔王が戦争を仕掛けた頃に貴族派の活動が目に見えて活発になり、それに合わせたかのように公国も動きを見せ始めた。それに公国にはカーミラの影が見え隠れしている…… 確か、カーミラは魔王誕生にも関わっていたわよね? 」
「王妃様はこの一連の裏にはカーミラがいるとお考えなのですか? 」
「そうね…… あり得なくはない話だわ。魔王との戦争の中、公国があんなに強気なのも、カーミラと何かしらの取り引きがあったとも考えられる。そしてその公国が貴族派を利用して内側から王国を支配しようとしているのかも知れないわね。それには第一王子じゃなく、まだ若く操り易い第三王子を王にするのが都合が良い」
ヴェルーシ公国が内部からリラグンド王国を支配しよう暗躍しているかもって事? しかもそれにはカーミラも関わっている可能性もあり、どんどん話が大きくなっていくな。
「そろそろ王国も変わらないといけないのかしら…… こうなったら、少し早いけど予定を繰り上げるしかないわね」
そう小さな声で呟き、紅茶を飲む王妃様は何処か寂しそうな表情を浮かべていた。
「最近、他国との貿易路確保等、外交に力を注いでおられるようですが、いったい何をなさろうとしているのですか? 」
「…… ごめんなさい、今はまだ話せないのよ。でも、貴方もインファネースの大事な要の一人ではあるから、時期が来たら必ず説明するわ。だから、それまでどうか私を信じて待ってくれないかしら? 絶対に悪いようにはしないと約束するわ」
真剣な眼差しを向ける王妃様に、俺はそれ以上の追求は出来ずに首肯く事しか出来なかった。あの王妃様が何か覚悟を決めて、王国とインファネースの為に動いてくれている。そう信じて待ってみよう。
「ところで話は変わるけど、何やら新しいお酒を仕入れたとか…… 花酵母酒でしたか? 貴方が帰ってくる前にクラリスさんから少し頂いたわ。とても飲みやすく素晴らしいお酒ね。あれは何時店に出すのかしら? 」
あれ? さっきとはまた違う意味で真剣な眼差しを向けてくる王妃様。どうやら花酵母酒がお気に召したようで、獲物を狙う猛禽類のような鋭い視線で俺を射抜いてくる。
これは、早く売りに出せという王妃様からの催促という名の強迫なのでは?