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「それにしても、魔物との戦争は結構長引きそうねぇ」
客がいないのをいい事に、カウンターを挟んで俺とエレミア、デイジーとピッケが、西商店街の喫茶店で今年から売り出された新作のアイスケーキを食べていると、困った顔をしたデイジーがポツリと呟く。
「そうなんですか? 」
「贔屓にしてくれる行商人から聞いたんだけどね…… 魔物側と人間側の力は拮抗していて攻めに攻められない状況らしいわよ。まだそれだけなら何とかなりそうだとは思うの。でもね、話はこれで終わりじゃなくて…… その行商人が言うには、どうもヴェルーシ公国が何やらきな臭い動きを見せてるようなのよ。あの国は連合軍にも参加していないし、何かにつけてリラグンド王国に難癖をつけてくるでしょ? 魔物との戦争が始まってから、それが一層強くなっているらしいのよ。良くない噂が絶えない国だから、心配だわぁ」
またあの公国か…… こんな時でさえもこの国に執着して魔物との戦争に関しては他の国に丸投げで一切関わらないようにしている。
それに、カーミラの手下だったレオポルドが持っていた転移魔石に登録されていた座標は、公国にある町の近くだった。今も裏ギルドがその町に潜入して調査しているが、最近の報告ではどうやら町だけでなく国そのものが怪しいとの事。という訳で、今では範囲を首都にまで広げて調査をしている。
「何にせよ、迷惑な話ですよね。人類が共闘して魔王を倒そうとしているというのに…… 」
「そうねぇ、この国の貴族派連中とも繋がっているなんて噂もあるし、この先リラグンドはどうなっちゃうのかしら。王妃様も何か忙しく動いているみたいだから、そこに期待するしかないわね」
俺とデイジーが真面目な話をしている横では、エレミアがアイスケーキを貪るピッケの世話を甲斐甲斐しくしていた。
せっかく外に出たんだから、母さん達にもお土産に買って帰ろうかな。
「おぉ! 腕無しの人!! えっと…… 名前なんだっけ? 」
「…… ライルです。こんにちは、ロロアさん」
デイジーの店から出て南商店街の喫茶店まで足を運ぶと、店先のテラスでロロアと数人の鳥獣人達が、羽になっている腕の先端にある一本の指を器用に使い、カップに入ったアイスをスプーンで掬っては食べていた。
「あれからお仕事の方はどうです? 何か困った事はありませんか? 」
「う~ん…… 特に無いかなぁ。住む所も良いし、仕事も楽しいし…… ロロア的には大満足だね!! でも最近ちょっと忙しいかな? 」
あぁ、インファネースではクーラーの普及率が他の所と比べると随分と高いからね。その分魔石や魔核の消費量が増えてくる。今の魔物が活発化している状況では、行商人に運んで貰うのは厳しいので、商工ギルドと提携している運送業を利用している為、ロロア達は何時もより忙しくなってしまっている。
「それは普段の仕事量に戻して欲しいという事ですか? 」
「うんにゃ、そういう事じゃないかな? 飛ぶのは好きだから全然良いんだけど、ギルド? って所の人達がバタバタとしているから、大変だなぁって思ってるだけ」
各地から魔石と魔核をかき集めているのだろうか、商工ギルドは随分と慌ただしく動いているようだ。後でギルドマスターのクライドに、新しく作った花酵母酒を持っていこうと思っていたけど、もっと落ち着いてからの方が良いかな?
その後、店内でお目当てのアイスケーキを買っていると、聞きなれた声が聞こえてくる。
「さぁ! 何を隠そう、あたしが妖精の女王なのよ!! 遠慮せず新作のアイスを貢ぐと良いわ!! 」
「女王様ズルーイ! 」
「ここで権力を振るうなんて…… 横暴だ!! 」
「あたし達からお菓子を貰う場所を奪うなー! 」
「そうだそうだ!! 」
女王の威光を振りかざしてアイスケーキを独占しようとしているアンネに、この店を日頃良く利用している妖精達からブーイングの嵐が巻き起こっていた。
…… うん、ここは見なかった事にしよう。
微妙な顔をしているエレミアを連れて、俺はアンネに気付かれる前にさっさと店から出る。あんなのに関わったら面倒な事になるのは明らか。アンネには悪いが、俺は早く帰りたいのだ。
幸い、妖精達の騒ぎに店の客は楽しそうに傍観しているので、後でティリアが文句を言っていくる事はないだろう。
店から買ったアイスケーキはワンホールだけだが、それを魔力支配で解析しては、家に帰りながら同じ物を魔力収納内で幾つか作る。
『たぶん、店の物と同じように作れたと思う。皆に分けてくれるかな? 』
『ありがとうございます、ライル様。早速切り分けて皆さんにお配り致しますね』
『アグネーゼ殿、じぶんも手伝うであります! 』
アグネーゼとオルトンがアイスケーキを魔力収納にいるアルラウネやアラクネ達に配っていくのだが、ゲイリッヒとバルドゥイン、テオドアを完全に無視している。
『やれやれ、教会の人達は相変わらずアンデッドには厳しいですね』
『それはどうでもいいが、王が我らの為にお作りした物を渡さんのは如何なものか…… 場合によっては力ずくで奪うのみ』
『俺様はそのアイスケーキってのは食えねぇし、別に良いけどよ』
魔力収納内でトラブルだけは起こさないでくれよ。
そうこうしている内に、自分の店兼家に到着する頃には背中に服がベッタリと付くぐらい汗ばんでいた。うぅ…… これが気持ち悪いんだよな。
店に入り、冷房の涼しい風に癒されている中、母さんの言葉に暑さとは別の意味で嫌な汗をかく事となった。
「おかえりなさい、ライル。二階で王妃様が待っておられるわよ? 」
えぇ? 漸く帰って来れたのに、ここで王妃様? 何だろう…… また何か厄介な事でも頼みに来たのかね?
嫌な予感にせっかく引いた汗がぶり返し、また背中をじっとりと湿らす。