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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【幕間】
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エルマンの業務日誌

 

 王妃様の命令で諜報員としてトルニクス共和国へ来てもうすぐ十年になる。


 国からの信用を得る為に始めた店も其れなりに大きくなり、今では妻と娘もいる身だ。


 十年という月日は長く、最早トルニクスは私にとって第二の故郷とも言える国となってしまった。


 リラグンドとトルニクス、両国が良い関係を築けるよう尽力しようと日夜働いていた所に、王妃様から新しい任務を言い渡される。


 それは王妃様がトルニクスの元首に宛てた書状を持たせた商人を案内する事。


 その命令を聞いた私は、遂に来たかと身構えた。魔王が現れたこの時期にリラグンドがトルニクスに接触を図ると言ったら、同盟の誘いしか考えられない。


 王妃様直々に指名した商人だ。さぞ信用もあり立派な人物なのだろうと思っていたのだが、いざ会ってみると開いた口が塞がらなかった。いえ、実際にそんな顔はせず心の中での話だけど…… 商人たるもの安易に分かりやすい表情を表に出してはならないからね。


 王妃様の書状を託された商人はライル君と言い、お世辞にも優秀そうとは見えない姿をしていた。まだ若い年齢もそうだが、彼の両腕は肘から先が無く、方目も白く濁っていて視力は失われているようだ。顔の左半分は火傷のような痕が痛々しく残り、本人の話では顔だけではなく全身に続いているのだとか。


 本当に彼で大丈夫なのだろうか? そんな不安は共に旅をしている内に綺麗サッパリと消えてしまっていた。


 護衛らしいエルフの女性であるエレミアさんと、馭者のゲイリッヒさんの優秀なのもそうだが、何よりも彼自身の才能に惹かれるものがある。恐らく王妃様もそれに気付き、この大役にライル君を選んだのだろう。


 彼は自分のスキルは空間収納だと言い張ってはいるが、私から見たら全くの別物だ。私自身空間収納スキルを持っているので分かるが、ライル君のように何もない所から突然物が現れたり消えたりはしない。仕舞うのにも取り出すのにも、収納している空間への入り口を開けなければならく、その入り口は見た目真っ黒な穴のようなものだ。


 他にもまだまだ隠している事がありそうだが、今優先すべきは王妃様から預かった書状をトルニクス元首へ無事に届ける事。王妃様が信用するライル君を私も信じ、任務を遂行するだけである。



 その後、ウェアウルフや長き眠りから覚めた太古のヴァンパイアに襲われるという事態に見舞われたが、ライル君の隠していた力と仲間達によって難を逃れ、各地で行商をしながら旅は順調に進んだ。


 無事に首都へ到着した私は、ライル君を家に招待し、元首に会う手続きが済むまで滞在して貰う事にした。


 妻のイレーネと娘のソフィアを紹介したのだが、初めて見るライル君達に緊張しているのか、ソフィアは妻の陰に隠れて出てこない。


 そんな娘の心を解きほぐしてくれたのが、妖精のアンネ君だった。


 その可愛らしい姿と明るい性格に、ソフィアはすぐに心を開き常に一緒にいるようになる。本人の話では妖精の女王と言っていたが、娘を楽しませる為の冗談か何かだろうと思っていた。しかし、後から来た別の妖精達もアンネ君を女王と呼び慕っていたので、本当の事だと知り驚愕する。思いがけない所でとんでもない者と利己を得てしまった。ライル君には驚かされるばかりだ。





 ライル君と出会い、私達家族を取り巻く環境が一気に変わった。何時も仕事で家を空けて、妻と娘には寂しい思いをさせていたと心では反省をしているのだが、そう時間は作れるものではない。


 アンネ君と友達になったのだと喜ぶソフィアの姿に、私と妻は顔を綻ばせた。


 せめてライル君達が滞在している間、娘には楽しく過ごして貰いたいと願い、何れ来る別れにまた寂しくさせてしまうのだろうと心を痛める。


 そんな私の心情を余所に、ライル君はソフィアの為にと転移門と呼ばれる魔道具を家の地下に置いてくれた。その魔道具こそが、私の仕事と家族の環境を一変させてしまう。


 転移門はライル君の店下に広がる地下市場へと繋り、そこで行き交う他種族との交流に加わり新しい取り引きを始め、妻と娘は時間があればインファネースに赴くようになった。


 他種族との取り引きは、私の商人としての地位を更に上げる事となり、益々忙しい毎日を送っている。家に帰る頻度も少なくなってはいるが、前ほどに妻と娘を心配する事はない。二人も私が家にいない時はインファネースに遊びに行っているので、たまに仕事中に会う事もあり、あまり留守にしている感覚は無かった。


 王妃様の為に諜報員としてトルニクスへ来たが、思いの外充実した生活を送れている。その上こうして自由にインファネースに行けるようになり商売の範囲も広がって、怖いぐらいに順調そのものだ。


 王妃様の話によれば、ライル君が此処へ来てからインファネースは劇的に変化したとの事。それを聞いて私は驚かずに納得した。


 これからもライル君は出会った者達に何かしらの影響をもたらすだろう。それが良いか悪いかは一概に判断は出来ないが、少なくとも私達には良い変化を与えてくれた。


 世界が荒れていく中、この街がどう変わって行くのか楽しみでもある。まだ私にも詳しくは明かされていないが、王妃様には何かお考えがあるようで、水面下で忙しく動いておられる。


 まだ秘密だと王妃様は嬉しそうに笑っておられたので、悪い事にはならないだろう。





 つい先日、ライル君から肉の仕入れ値の見直しをとお願いされたが、やんわりと断った。


 彼にはとても感謝はしているが、商売の話は別物である。悪いけど、商人としてこれ以上情に流される訳にはいかない。今でさえ結構ギリギリの価格を攻めていると言うのに……


 残念そうに背中を丸めて帰っていくライル君に、思わず苦笑してしまう。


 さて、私もこれから人魚達と大事な商談が控えている。気を引き締めて行かないとね。


 王妃様の諜報員としても、商人としても、まだまだ引退してゆっくり過ごす事は出来なさそうだ。

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