雪原の戦い 4
「待て! コイツ、まだ息があるぞ!? 」
誰かが放ったその言葉で、一気に緊張感が張り詰める。
あんな状態になってもまだ生きているとは、なんて奴だ。やはり魔王の力というのは侮ってはいけない。
「お、おのれ…… よくも…… 」
まだ喋る気力があるスキュムは、ボロボロと崩れる体で立ち上がろうとしていた。
「もう諦めろ! お前は負けたんだ。その傷では僕達から逃げられないぞ! 」
「…… 勇者候補か? 本来なら私が貴様らを殺す予定だったのだがな…… 何事も予想外というのは存在するものだ。そう、あの半端者の調停者が! 我等が戦いの邪魔をした!! アイツさえ来なければ、私は魔王様へと勝利を捧げられたというのに! 」
怒りを露にして立ち上がったスキュムが空を憎らしげに睨んだ先に、エレミアに支えられているライル君の姿があった。
調停者? というのは何なのか分からないが、ライル君に恨みを持っている事だけは確かだ。なら、余計に見逃す訳にはいかない。
「この機を逃す俺達じゃない! お前達、周りの魔物共を抑えるんだ! 絶対にこっちへ近づけさせるんじゃないぞ!! 」
アロルドが義勇兵に号令を掛けると、聖剣を構えてスキュムと対峙する。僕もゴーレム達へ新たな命令を下し、アロルドの横に並んだ。
「何だか、手柄を横取りするようで気分は良くないね」
「何言ってんだ、この場合は仕方ないだろ。コイツは確実に仕留めなければならない相手だからな」
スキュムが息も切れ切れで立っているのがやっとの状態を見ると、まるで僕らが奴を苛めているかのような感覚になって少し気不味い。
「何してんのさ? 相手はもう死ぬ一歩手前だろ? 早く片付けちまいなよ。何ならアタイがやってやろうか? 」
聖剣を肩に担いだレイラが側に来てはスキュムを見上げる。
瀕死の相手に勇者候補三人とは、過剰暴力もいいところだが、これは戦争なんだ。殺すか殺されるかの戦いに、卑怯も何もあったもんじゃないというのは分かる。しかし、相手が魔物だとしても…… 出来れば最初から戦いたかったよ。
先ず、先陣を切ったのはアロルドだった。スキュムに向かって投擲した槍のような聖剣をその嘴で受け弾くが、接触した所から皹が入る。
スキュムがアロルドに意識しているその隙に、僕は聖剣を振るい光の刃を飛ばす。刃はスキュムの胴を切り、傷口から新たな血が滴り落ちる。しかし、僕とアロルドの攻撃は一応効いてはいるようだけど、どれも手応えはあまりない。いくら瀕死で肉体が脆くなっているとしても、そう簡単にはいかないか。
「クソッ! 何て硬さをしてやがる。後少しで勝利が決まるというのに…… ライルはどうやってここまで奴を追い込んだんだ? クレス、お前の知り合いなんだろ? 何か知らないのか? 」
「さぁ? 僕も彼の全てを知っている訳ではないからね」
でも、きっとあれが隠しておきたかったスキルの力なのかも知れないね。あれを見せられたんじゃ、確かに警戒する人が出てもおかしくはない。それだけ強力で、残酷な力だ。ライル君が今まで使おうとしなかったのも分かるよ。
「退きな! 今度はアタイの番だ! レイシア、任せたよ!! 」
「うむ! 任された!! 」
僕とアロルドの後ろから聖剣を肩に担いだレイラが走り、レイシアが土魔法でスキュムとの間の地面を登り坂のように隆起させた。そこをレイラが全速力で走り登り、スキュムの頭部目掛けて跳躍しては、スキュムの頭部に聖剣を降り下ろす。鉄板のように幅広く、普通の剣よりも分厚くて剣先は丸い。斬るというより叩くと表現するのが正しいような聖剣だ。
そんな聖剣をレイラは力任せにスキュムの頭に叩き付ける。
自慢の羽は破壊され体も傷だらけのスキュムには、もう僕達の攻撃を避ける力もなく、単純で分かりやすいレイラの素直な一撃を受け止めるしかない。
渾身の一撃は、体が金属へと変化したスキュムの頭をかち割った。
スキュムの割れた額から激しく血が吹き出し、雪が積もった白い地面を赤く染め上げ、自らの喉から悲痛と怨嗟が籠った叫びが周囲に轟く。
「この大女も大概だな。でもこれで何処を攻めれば良いのか分かった。クレス! 俺達もあの割れた額にキツイのをお見舞いしてやろうぜ!! 」
「あぁ! 集中攻撃だ!! 」
一度割れた箇所は脆く、僕の斬撃が傷を広げ、アロルドの鋭い突きがスキュムの頭部に深く刺さる。
その激痛にスキュムは体を大きく揺らし暴れては、今も聖剣を突き刺したまま頭部に張り付いているアロルドを引き剥がそうと必死でもがく。
「クソッ! いい加減諦めてさっさの死ねよ! 」
振り落とされないよう、必死に聖剣にしがみつくアロルドの表情には余裕が消えていた。
「まったく、大人しくさせれば良いのかい? 」
そんなアロルドを見かねて、レイラが暴れているスキュムの足下へと走り出し、人間でいう脛の部分にあの分厚い聖剣を叩き付けて鈍い音を響かせながら、スキュムの足が曲がってはいけない方へ曲がり、砕けた足の破片が宙を舞う。
「やっぱりアタイは魔法よりこうした肉体労働が性に合ってるね!! 」
普段から畑や家畜の世話をしていたレイラにとって、安全圏から慣れない魔法を使うより、直接聖剣でぶっ叩くのが得意のようだ。足が破壊され倒れていくスキュムの巨体を眺めては、レイラは満足気に笑っていた。
「グウゥゥ!!! 体が万全なら、貴様らの攻撃なんぞ…… 」
スキュムの言うように、あの金属に覆われた肉体を壊すのは至難の技とも言えるだろう。それを一人で成し遂げたのがライル君だ。やっぱり、彼の参入で負ける気がしないと感じた僕の思いは間違ってはいなかった訳だ。