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目の前で突然体が千切れて絶命していく仲間に、他の魔物達も警戒して必要以上に近付かなくなってきた。
それでも果敢に攻めくる者もいるが、俺の魔力支配で肉体を支配されては無惨な姿で落ちていく。この調子ならエレミアとリリィは十分に休めるだろう。
膠着状態が続く中、俺はハニービィを通して現在の戦況を確認する。
ハニービィの視覚と聴覚が、クイーンを経由して俺へと伝わってくる。
頭に浮かぶ映像には、赤い光沢を放つロボットに似たゴーレムがレーザーブレードを片手にロック鳥を斬り、その肩に乗っている男の子姿のムウナが、掌から針を地上に向かって撃ち込んでいた。
地上に撃ち込まれた針は、シルバーコングやガイアウルフといった魔物に命中し、体中から血を噴出させて倒れていく。
あれは、バルドゥインをも苦しめたポイズンピルバグズの出血毒か。俺も人の事は言えないが、何ともえげつない攻撃だな。
〈おぉ~、やるじゃん、ムウナ! 〉
〈こんかいは、たべる、だめだから〉
〈ふぅん…… じゃあさ、これが終わったらライルに美味しい物沢山御馳走してもらわないとね!! 〉
〈おぉ! それなら、ムウナ、もっとがんばる! 〉
アンネの奴、また勝手な事を―― と言いたい所だけど、俺の言い付けをちゃんと守っているムウナには御褒美は必要だな。
映像は切り替わり、霧広範囲に拡がる赤い霧の中にいる魔物達が、深紅の棘を体から生やして落ちていく様が映し出される。その中心に辛うじて見えるのは、血の肉で覆われ怪物の姿となったバルドゥインだった。
〈フン、数だけで全く相手にならんではないか。つまらん〉
バルドゥインから発生する血の霧は、相手の体内に侵入し内側から肉体を破壊する恐ろしい技だ。一応無差別ではないらしいけど、あの中に入るのは勘弁だね。
〈構え! …… 突撃ぃ!! 〉
槍を前に突き出した堕天使達が、タブリスの号令と共に四方へと突貫していく。
彼等の改造された体へ身体強化の魔術が加わった突進による槍の一撃は予想以上に強力で、ロック鳥を穿ち倒している。動きが読みづらいシザーヘッドにやや苦戦はしているが、多少傷が付いたところで直ぐに治るから、彼等は怯んで攻撃の手を緩める事はない。
〈長には悪いが、スキュムはオレが倒させて頂く。こんな体になってしまっても、守るべく誇りまでは捨てていないのでな! 〉
〈レイチェル嬢を守る為とはいえ、隊長に深傷を負わせた奴には我らも興味があります。全員で掛かれば倒せるとは思いますが…… 良いのですか? 長は自分でそのスキュムとかいう輩を倒したいのでは? 〉
〈そうそう、あんなに怒っている長は初めて見ましたよ。此方が先に倒してしまって後で何か言われませんかね? 〉
〈いや、そこは問題ないだろう。オレの方が奴に直接的な因縁がある。そこは長も分かっておられる筈だ。ならば、ここは早いもの勝ちとも言えるのではないか? 〉
〈そうでしょうか? それは余りにも都合が良い解釈と言わざるを得ませんね〉
〈とにかく、我らもスキュムとかいう輩と合間見えたいですな。この連中では些か物足りませぬ〉
〈決まりだな。それではこのまま前に突き進むぞ!! 〉
う~ん、これは此方も後れを取らないよう急ぐ必要がありそうだ。
さて、ゲイリッヒは…… うん、特に目立った活躍も苦戦もなく無難に敵を倒している。地上の掩護も忘れない所も流石だね。これなら安心して任せていられるな。
地上では勇者候補の三人とレイシアが、ゴーレム軍団と義勇兵と共に敵軍へと突貫し、上手く分断させている。そこを後ろに控えている兵士と冒険者達が撃破しつつ前へと突き進む。
時折空に上がる魔法は、負傷者が出た合図であり、それを確認した救護部隊が速やかにその場へ急行して負傷者を回収した後、テントを張ったあの前線基地へと戻る。そこで負傷者は程度により回復薬か神官による回復魔法での治療を受け、続行可能ならば即時戦闘へと復帰する流れである。
何度もシミュレーションを重ねた成果が出て、動きは思いの外スムーズだ。この分なら死傷者は最低限に抑えられるだろう。もしかしたら、死者は出ないなんて事も? いや、それは幾らなんでも望み過ぎかな。出来ればそうであってほしいけどね。
おっと、意識を逸らしている隙に、また魔物が此方へと飛んで来たので、ここでハニービィからの映像を切って意識を戻す。
周囲に広げた俺の魔力の範囲内へ入ったと同時に魔力を肉体へ侵入させ力尽くで魔物を支配する。そして細胞から破壊させては倒していく。
これはそう何度も使うものじゃないな。魔力の消費もそれなりに激しいが、俺の精神がゴリゴリと削られていくのが耐えられない。シザーヘッドは見た目昆虫だからか、特に目立つ変化は見受けられないけど、ロック鳥はキツい。体を支配し肉体を破壊する際、恐怖と怨みに染まる目を向けてくるんだ。そう、あの時の馭者と全く同じ目を…… 生物としての尊厳を土足で踏みにじっているかのような罪悪感が心を蝕んでいき、魔物を一体殺す度に俺の中の何かが磨り減っていくような感覚さえある。
人として大事な何かを無くしてしまいそうな恐怖を奥に追いやり、俺はひたすらに魔物を理不尽に殺す。
覚悟は決めていた筈なのに、まだ躊躇している自分がいる。後悔は全てが終わってからだ。今は敵を倒す事だけに集中しろ。じゃないと、また失ってしまうぞ。あの頃の自分のようにな……