波乱の予感 1
「やはり相手も戦力を温存していたという事か」
本部の会議室で、偵察から戻ってきたレイチェルとタブリスさんから報告を受けたゲオルグ将軍と部隊長の面々は揃って顔を曇らせる。
「ん? 要はそのデカイ鳥の魔物が親玉で、そいつを倒せばアタイ達の勝ちなんだろ? 」
「はぁ…… 簡単に言うなよ。相手は魔王に力を与えられた魔物だぞ? 俺とクレスはシュタット王国で一度戦った事があるが、勇者候補三人でやっと倒せた。それぐらい強く危険な存在だ。舐めてかかると死ぬぞ? 」
ガムドベルンの恐ろしさを身を持って知るアロルドが忠告をするが、それでもレイラは笑みを崩さなかった。
「今回も勇者候補が三人揃っているから、アロルドの言うように強い奴だとしても、倒せるって事だよね? 」
「は? それは…… そう、なのか? いやいや、前と同じ状況でもないし、相手は空も飛べる。そんなのとどうやって戦えば良いんだ? 」
そう、レイチェルとタブリスの偵察で分かった敵勢力の中で一番厄介なのがロック鳥とその変異種、そしてシザーヘッドの空を飛ぶ魔物達である。
今までは守りに徹していたので、結界の中から安全に対処していたが、今度は此方から討って出る。その場合、空からの攻撃は危険極まりない。勿論その対策は練られていたが、予想外に魔物の数が多い。これでは作戦通り敵陣を分断したとしても、大して意味がないのでは?
しかし、体がボロボロに傷ついたレイチェルを抱えて戻ってきたタブリスさんを見て言葉を失ったよ。リリィが急いで回復魔術をかけてどうにか彼女の命を繋ぎ止めたけど、未だに目を覚ます気配はない。
リリィは、魔力が切れた状態で無理矢理魔法を維持し続けた反動で肉体が内側から破壊されてしまったのだろうと言っていた。今も眠っているのは以前の僕と同じ魔力切れによるものらしい。
本部にある医務室で眠るレイチェルをリリィに任せ、タブリスさんの報告を聞く為、会議室にはレイラとアロルド、ゲオルグ将軍に各部隊長達が集り、命懸けで持って帰ってくれた情報で討議を重ねたが、この日は何も解決案は出ないまま翌日に持ち越す事となった。
「タブリスさんは平気なのですか? 」
「ん? この傷の事なら問題ない、暫くすれば完治する。それより心配なのはレイチェルだ。本当に命には別状無いんだな? 」
「はい。リリィの回復魔術と神官の回復魔法で傷は完全に治ったと聞いています。あとは目覚めるのを待つだけですね」
僕とタブリスさんはお互いに話をしながら、足は自然と医務室へ向かって動く。
小さめにノックをして扉を開けた先には、ベッドで眠っているレイチェルと、心配そうに彼女の傍にいるリリィとレイシア…… それと浮かない顔をしているライル君がいた。
「早いね、ライル君」
ライル君にはレイチェルの容態を見てすぐにマナフォンで報せてある。その時のマナフォンから流れる長い沈黙が、彼の心情を察する程に痛々しかった。
「迅速な連絡ありがとうございました。詳しい事は、タブリスが知っているのかな? 」
「いや、当然の事をしたまでだからお礼はいいよ。むしろ此方が謝りたい。レイチェルに危険な事をさせてしまい申し訳なかった」
「どのみちレイチェルはこの戦争に参加するつもりでしたので、覚悟はあったと思います。クレスさんが謝る事は何一つありません。それよりもタブリス、話を聞かせてくれないか? 」
ライル君に言われ、タブリスさんは会議室で報告した事をこの場でも話した。始終黙って全てを聞き終えたライル君が、ポツリポツリと呟き始める。
「これは誰に責任があるかではないんだ。レイチェルにこんな事を頼んだ人、守りきれなかったタブリス、考えが甘かったレイチェル、そもそもレイチェルを止めようとしなかった俺…… 皆各々に思うところがある」
ここで一旦言葉を区切ったライル君から漏れ出す気配に、何か薄ら寒いものが背筋に走り、思わず体が震える。それは僕だけではなく、リリィとレイシアも同じだったようで、驚愕の目をライル君に向けていた。
「でもさ…… やっぱりレイチェルを傷付けた奴が一番悪いよな? 」
その声は何処までも冷え切っているのと反対に、彼の中では何か熱いものがグツグツと煮えたぎっているかのようにも見えた。
「うわ…… こりゃ相当頭にきてるわね。ここまで怒っているライルは初めて見るよ」
側にいるアンネが引くぐらいに、あのライル君が本気で怒りに震えている。
リリィもレイシアも、そしてタブリスさんや僕だって、この部屋にいる誰もが声を出せずに冷や汗を流す。彼の尋常ならざる魔力が凝縮されていくのを感じ、その気配に当てられ息苦しささえ覚える。
「クレスさん」
一言、ただ名前を呼ばれただけで、僕は飛び上がるんじゃないかと思うぐらいに体が跳ねた。
「な、なんだい? 」
「此方の戦力には空に対応した部隊がいないというのは確かなんですか? 」
「あ、あぁ。弓兵部隊はあるけど、それだけで報告のあった数のロック鳥やシザーヘッドを倒しきれるとは到底思えない。僕も一応空は飛べると言ってもいいが、いくら勇者候補だとしても一人では…… 情けないけどね」
「そうですか…… なら、航空戦力は俺が用意します。その旨をここの責任者に伝えて許可を貰ってくれませんか? 」
え? それってもしかして……
「今回の戦は俺も参加します。妹を傷つけられて黙っている兄はいない。その鳥野郎は俺がぶち殺す」
これが本気でキレたライル君か…… 何て言うか、目がとても怖いよ。
「長よ、その航空戦力というのはもしかして」
期待の籠った様子でタブリスさんが問い掛けると、ライル君は確りと頷いた。
「王妃様と商工ギルド、それとトルニクス共和国の皆さんに迷惑をかける事になるけど、仕方ないよね? タブリス、早急に堕天使達を全員集めて欲しい」
「任せろ。あの鳥野郎にはデカイ借りがあるからな。それを返す機会を与えてくれて感謝する」
これは、何やら凄い事になりそうだ。遂にライル君が魔王との戦争に直接関わる。その事に僕は不謹慎にも心が躍ってしまった。