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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十七幕】魔王討伐連合軍と反撃の始まり
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わたしの依存理由

 

 双子であるわたしとアランは最初こそ同列に扱われていた。それが崩れてしまったのは十歳で受ける教会の洗礼で、魔法スキルを授かった後、わたしの待遇は明らかに変わる。


 四つの属性魔法を授かったアランに対して、わたしは一つだけ。それが珍しい闇魔法だったから、まだ家族に見捨てられずに済んだけど、アランと違ってわたしの闇魔法は殆ど使い物にならなかった。家の皆はアランに期待を寄せ、わたしは腫れ物のような扱い。


 母様も父様もアランばかりに気を掛ける。魔法や剣ではアランに勝てないので、代わりにわたしは頑張って勉強をする事にした。例え魔法が役に立たなくとも領地経営の助けになればと、幼年学校からずっと勉強漬けの毎日。その甲斐あってわたしは貴族学園を主席で卒業した。


 アランは魔法と剣ばかりでちっとも勉強は出来なかったので、わたしの立ち位置は領地を継ぐアランの補佐としてほぼ決まっていた。


 ここまで腐らず頑張れたのも、ひとえにクラリスの存在があったから。


 わたしが一人でいる時も、両親にあまり相手にされなかった時も、常にわたしを気に掛けて側にいてくれた使用人のクラリスは、わたしにとって二人目の母親のようなものだった。


 そんなクラリスが、使用人を辞めて息子と一緒に暮らすと嬉しそうに報告して来たのは忘れられない。


 わたしと同じでずっと寂しそうにしていたクラリス。でもあの時の彼女はとても幸せそうな顔をしていたのを見て最初に思ったのは、“貴女だけずるい” という嫉妬の感情だった。そしてわたしからクラリスを奪ったその息子を強く恨み、また一人になってしまう恐怖に身を震わせた。



 わたしはクラリスを連れていった息子を憎む事で、喪失感と寂しさを誤魔化し、何時の日か報復すると心に決めて過ごして来た。そしてその機会は意外にも早く訪れる。


 父様がクラリスのいるインファネースに行くと言うので、無理を承知で頼んだところ、一緒に連れていってもらえる事となった。



 わたしはアランと共にクラリスがいるという雑貨店を前に、やっと憎き相手と出会う事に心が高揚していた。貴方がわたしから奪ったように、わたしも貴方から大切なものを奪ってやる。そんな気概で店の扉を開けてみれば、信じられないものがわたしの目に飛び込んできた。


 いらっしゃいませと出迎えてくれた人に、わたしの目は釘付けになり、思考は停止する。


 だって、その人には両手が無く、片目も白く濁っていて見えていないのが明白。しかも火傷のような痕が顔の左半分から首にまで広がっているのが確認出来る。きっと服の下はもっと酷い事になっているのだろう。


 どうしてクラリスが嬉しそうにしていたのか分かった気がした。あんな体で今まで生き永らえた事実に、わたしは心を強く打たれた思いだった。


 甘かった、何もかもが…… 彼の今までの人生はどれ程のものだったのだろう? あんな体だもの、きっとわたしなんかでは想像もつかない苦難が幾つもあったに違いない。


 それに比べてわたしは何? 五体満足で何不自由ない暮らし。それなのに家族や使用人達から理解もされず、相手にされず、寂しいと駄々を捏ねて拗ねていただけ。彼と比べたら、わたしの不幸は不幸と呼べるものだったのか疑問にさえ思える。それほどの衝撃を受けてしまい、彼に報復する考えなんてとっくに忘れていた。


 わたしは彼の人となりが知りたくて、暫くインファネースに留まりたいと父様に願い出て、頻繁に店へと顔を出す。クラリスと一緒にいたいという思いもあったけど、それ以上に彼の事が気になって仕方なかった。


 第二の母親のような存在だったクラリスの子供なのだから、わたしにとっては兄も同然という理由で、勝手に彼を兄様と呼ぶわたしに対して、怒りもせず戸惑いながらも嬉しそうにはにかむ兄様に、少しだけ心が惹かれたのは誰にも言いたくない自分だけの秘密。



 兄様と過ごす日々は驚きと発見の連続だった。妖精の女王であるアンネと出会った事で魔法の真髄を知り、わたしの闇魔法は飛躍的な進化を遂げる。いえ、これが本来の闇魔法だったのかも。


 これにより家族に認められたわたしに、使用人達の態度は分かりやすく変わり、中には冷たい態度をとり、その報復があるかもと恐れている者もいた。


 けれど、わたしはもうそんな事には興味はない。今は兄様の側で兄様の役に立てるよう魔法の腕を磨きたい。やっと見つけたわたしの居場所。



 わたしは気付いてしまった。わたしにとっての幸せとは、自分より不幸な者の近くにいる事だと……


 あの頃のクラリスはわたしと同じように孤独で寂しい感じが全身から滲み出ていて、不幸なのはわたしだけではないと、側にいて安らげる存在だった。勿論、母のように慕っていたのは嘘ではないけど、そういう思いも少なからず持っていたのは否定しない。


 だからこそ、自分の息子が生きていて一緒に住めるという事を嬉々として話すクラリスを素直に祝福できず、嫉妬の感情を優先してしまったのかも知れない。


 だけど、それも今となっては最早どうでも良い。わたしよりもずっと不幸で可哀相な人がいるのだから。


 あぁ…… 生まれながらにして醜く歪な肉体を持つ兄様。父親はどうやって死に、どの様にしてクラリスと別れたのか…… その半生はどれ程の苦労と絶望だったか……


 聞いても言葉を濁され教えて貰えないけど、考えれば考える程心が高揚する。


 どんなに壮絶な事があろうとも、兄様はまだ死んでいない。


 力を手に入れ、仲間と廻り合い、きっと数々の困難を乗り越えて、今を生きている。まるで自分が不幸とは微塵も思ってはいないような感じ。


 規格外の魔力を持ち、伝説級の仲間に恵まれたとしても、あの体で生きるのを諦めてしまいたいと思った事はないのだろうか?


 そんな兄様の強さ、自分らしく生きようとするひた向きさ、自然と周りに気を使う優しさ、そして間の抜けた駄目な所も全部が愛おしく思えてくる。


 兄様の側にいると、わたしは恵まれていると実感できる。惨めな思いをしなくて済む。兄様の側にいないとわたしはきっと……


 わたしには兄様が必要だから、兄様にもわたしが必要だと思ってもらいたい。誰よりもわたしが必要であると……


 なのに失敗した。新しい闇魔法に思い上がって、兄様の期待に応えられなかった。母様と父様のように、兄様にまで見限られてしまったら……


 怖い…… 家族も、使用人も、今までわたしの周りにいた人達も、誰もわたし自身を見てくれようとはしてくれなかった。貴族として相応しい力を持っているか、心構えがあるか、使えるか使えないかで勝手に価値を決められる。


 無価値だと決められてしまったあの邸での生活を思い出すだけで心が冷たくなっていく。もうあんな思いはしたくない…… 貴族なんてなりたくない。兄様と一緒ならわたしは貴族じゃなく一人の人間になれる。それがどんなに嬉しくて幸せかはきっと他の人には分からないだろうけど、わたしの心が安らげる場所は兄様の側と中にある。


 兄様にいらない子だと言われないよう、もっと強くならなくちゃ…… その為にわたしはレグルス王国のレヴィントン砦まで来ている。明日、わたしは影移動を駆使した魔王軍の偵察を必ず成功させ、今度こそ兄様に褒めて貰うの。だから待っててね、兄様……

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