反撃への一歩 2
「成る程…… 闇魔法の使い手とは珍しい。それに有翼人も我々に力を貸してくれるというのなら喜んで迎え入れよう。心強い味方が増えるのは良い事だ」
僕とリリィは、本部の会議室にてレイチェルとタブリスさんをゲオルグ将軍にリラグンド王国から個人的に協力しに来てくれた知人だと紹介した。
タブリスさんは背中の羽を隠そうともしていない為、他種族だと分かるけどここでは大して問題にはならない。むしろレイチェルの素性が明らかになるのが危ない。普段の服装だったなら、その生地と仕立ての良さでゲオルグ将軍も身分が上の者だと気付いていただろうが、今レイチェルが服の上から羽織っているのはリリィと同じレグラス製のモコモコとしたローブだ。厚着をしている今の彼女は、ただの目付きの鋭い女の子にしか見えないだろう。
「あくまでオレはレイチェルの護衛であり、あまり期待して貰っても困るのだがな。それと有翼人は名を改め天使と名乗り、オレのように翼が黒い者は堕天使と名乗っている。これからはそう呼ぶようにしてほしい」
「天使に堕天使か…… 相分かった。このお嬢さんの護衛だとしても、他種族が人間の戦いに参戦してくれるのには違いない。それと、お嬢さんの使うその影移動というものを詳しく教えてくれないか? 」
「えぇ、良いわよ…… 」
レイチェルから影移動の大まかな説明を聞いたゲオルグ将軍は、顎を撫でつつ暫く思案し、言いづらそうに言葉を吐く。
「お嬢さんにこの様な事を頼むのは、大人として非常に思うところがあるのだが―― 」
「―― 分かってる…… 敵の野営地と規模を調べて欲しいのでしょ? 確かにわたしの影移動なら可能よ…… 」
歯切りの悪い言葉に被せ、何でもない風に答えるレイチェルに、ゲオルグ将軍は目を丸くした。
「そ、そうか。雪が溶け始めたと言っても、まだ足下が悪いなかでは偵察も満足に行えない。かと言って何も調べないまま突っ込む訳にいかないのだ。お嬢さんの影移動は正に我らにとって渡りに船。危険なのは重々承知しているのだが、頼まれてくれるか? 」
「良いわ…… わたしも影移動の練習になるし…… で、その魔王軍は門から見えるあの山の何処かにいるのよね…… ? 」
「あぁ、魔物達が逃げて行くのを何度も確認しているので間違いない。だが、この砦を襲わなくなりどれ程の規模になっているのかが予想出来ない。不甲斐ない大人で申し訳ないが、よろしくお願いするよ」
眉間に皺を深く刻んだゲオルグ将軍がレイチェルに頭を下げる。正義感が強いこの人の事だ、レイチェルのような子供を戦場に出すのにも心苦しいと感じているのに、幾ら有益な闇魔法が使えるからと言って、一人で魔物の軍を調べに行かせる真似なんて本当はしたくないのだろう。オークキング討伐の時だって、リリィが戦うと知ってあまり良い顔はしなかったからね。だからこそ僕はゲオルグ将軍を信用出来るのだけれど。
「ではオレは空から偵察と行こうか。今のレイチェルではもしもの事を考え、一人で影移動をした方が余計な魔力も消費せず安全だ。だからと言って一人で行かせる訳にもいかない。何か不足な事態に陥ったなら何時でもオレが動けるようにしておかないと長に怒られてしまう」
「…… それと、タブリスが空で魔物達の気を引いてくれれば、その分レイチェルが気付かれ難くなる」
成る程、影と空から敵の偵察を図る訳だね? それならレイチェルに及ぶ危険も少なく出来る。しかし、まだ警戒すべき事が残っているんじゃないか?
「レイチェルは知っているかと思うけど、ガムドベルンのように魔王から力を授かった魔物がいるかも知れない。もし見掛けたなら、情報よりも命を優先して速やかに此処へ戻ってくるんだ。ガムドベルンの時もそうだったけど、奴等の実力は未知数だからね。影移動がどれだけのものかは分からないけど、決して油断してはいけない相手だ」
「えぇ、分かってる…… わたしも直にアレの異常な強さを目にしてるから…… 」
注意を促す僕に、レイチェルは鋭い目付きのを更に尖らせては視線を突き刺してくる。
「とにかく、今はこの砦に来たばかり。先ずはゆっくりと休んでくれ。作戦実行可能なまでに雪が溶けるのには、まだ少し時間が掛かりそうだからな。そう急ぐ事はないだろう。改めて、二人共良く来てくれた。心から歓迎する」
ゲオルグ将軍は、笑顔でレイチェルとタブリスさんと握手を交わして仕事の続きをしに会議室から出ていった。
「人間にしては信用出来そうな男ではあるな。指揮官としても優秀そうだ」
「はい。今回もそうですが、オークキングの時も将軍が全体の指揮を取っていたからこそ、被害も考えれるだけの最小限に抑えられたのだと僕は思っています」
「…… 取り合えず、早く部屋に戻ろう。…… こんな寒い所ではレイチェルも休めない」
「そうね…… レグラス王国の冬は厳しいと聞いていたけど、まさかここまでとは思わなかった…… 」
やはり気候が穏やかなリラグンド出身のレイチェルでは、レグラス王国の気候は肌に合わないようで、リリィと一緒になって小刻みに震えていた。急遽会議室を開けて貰ったから暖房が効いていないからね。
「タブリスさんはそんな薄着で平気なんですか? 」
「元よりオレは標高の高い山頂で暮らしていたからな、寒さには慣れている。それに、この体になってからは急激な温度変化にも耐えられるようになった。忌々しい肉体だが、性能だけで見ればかなり優秀だ」
カーミラによって改造された体だから認めたくないと、タブリスさんは複雑そうな表情で小さく笑った。