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レイチェルとタブリスがレグラス王国のレヴィントン砦でクレス達と合流を果たし暫くした頃、アスタリク帝国も動きを見せ始めていた。
王妃様の話によれば、帝国軍は現在魔王軍によって侵攻されているシュタット王国とレグラス王国へ向かって進軍を開始したとの事。
それに合わせて帝国と連合を組んだ各国の軍も動き始めた。勿論、このリラグンド王国も軍の編成や何やらで王都は慌ただしくなっているらしい。
技術提供に文句を言う貴族派は相手にせず、殆ど王の独断で無理に進められているようで、反感の声は大きくなるばかり。遂にはそれを理由に貴族派は王に退位を求めていると言う。
「王もお歳を召され、正常な判断が難しくなっているご様子。ここは次期王の即位を早めるべき―― などと失礼極まりない事を言っているようですが、あの人はまだ五十になったばかり。老人扱いしないで欲しいわね」
と、王妃様は憤慨していらした。因みに王妃様は今年で四十を迎えるらしい。
そんな反感も気にせず強引に連合軍との連携を進めた王は英断だと俺は思うけど、それによって貴族派の奴等に付け入る隙を与えてしまったのには変わり無い。
リラグンド王の迅速な判断により、帝国は転移魔術を使って軍を移動させる事が可能となり、シュタット王国と小競り合いをしている魔王軍を挟み撃ちにしてこれを殲滅せんと今正に奮闘中である。レグラス王国に関しては使者を向かわせ、これから始まる短期決戦で討ち漏らし山から下りてくる魔物を迎撃せんと軍を配置している。
転移魔術による移動と統率の取れた帝国軍の動きは素早く、魔王も対処が間に合わなかったのか、援軍が出る頃には既に帝国軍はレグラス王国へと入っていた。
連合軍に加入している国は全てではないが少なくはない。俺達がいるリラグンド王国と最近同盟国となったトルニクス共和国、そして国同士の交流が深いサンドレア王国も参加表明をしてきたのは意外だった。
まだアンデッド達に受けた傷は癒えておらず、国を立て直している最中で魔王と戦争するような余裕はサンドレアには無い筈だと思うけど…… 気になって現サンドレア王のユリウス陛下にマナフォンで連絡を取ったみたところ、
「盟友のクレス達と大きな恩があるリラグンドが、人間の威信と未来をかけて戦うと言うのに、このまま傍観とは何とも不義理だと思わないか? 」
と、やる気に漲る声で言う。
そんなサンドレア王の義理深さに感心したリラグンド王は、王都へと繋がる転移結晶を贈り、彼等の軍を自国へと迎え入れ、共に魔王のいる国を包囲しようと誘い、ユリウス陛下も喜んでこれを受け入れた。
『うむ、ここ最近になって一気に動き始めたな。まるで春の陽気で溶けた雪解け水が大波の如く魔王へと押し寄せているようだ』
『しかしギルディエンテ様。あのヴェルーシ公国は未だに何もしていないようでありますな。魔王と言えば全人類の敵、なのに何故そんなに余裕なのでありましょうか? 』
『そんなのは知らん―― と言いたいが、カーミラとの関りがある可能性が無くならない限り、疑いの目は何時までも消える事はない。まったく…… 何千年経とうとも、人は何かしら争う理由を探しているように見えるな。その先に何があるのか知ろうともせずに、ただ闇雲に同じ人間へ剣を振るう。こればかりは我も首を傾げるばかりだ』
前世でも人間の歴史は争いの歴史と言っても過言ではなかった。それは世界が変わろうとも、人間の本質ってやつは同じなのかも知れない。その歴史を現役で今も見届けているギルの目にはどう映っているのだろうか?
「んな事よりもさぁ、今年も誕生日の祝いはしないの? せっかく新しいお酒も出来たんだし、ここはライルの十七歳を祝って派手に騒ごうよ! 」
今日は珍しく何処にも行かないで店のカウンターの上で胡座をかくアンネが、どうにかして騒ぐ口実を探していた。
「いや、この世界では毎年誕生日を祝う習慣はないからなぁ…… 」
まぁ、前世でも一人暮らしを始めてから毎年誕生日を祝って貰った記憶はないけどね。この世界では三歳、十歳、十五歳、二十歳になった時だけ祝う習慣がある。
前世と違って魔物や盗賊の多いこの世界で、生まれたばかりで免疫の低い赤ん坊を守り育てるのは一般的に難しく、三歳までが一つのボーダーラインとなっている。後は教会で魔法スキルを授かれる十歳、成人として認められる十五歳、そして一人前の大人として成長した二十歳。それ以外は時間や経済的な理由で祝っている余裕はない。例外があるとしたら、時間と金の余裕がある暇な貴族が、今のアンネみたいに騒ぐ口実として毎年パーティを開く事ぐらいか。
そっかぁ…… と、項垂れるアンネに、俺は肩を竦めて言葉を続ける。
「でも、シャルルとキッカが今年で十五歳だから、そのお祝いをしないとな。花酵母酒はお酒が初めての二人でも飲みやすいと思うし」
「うっしゃぁ! へへ、あれからちっとも飲ませてくれなかったから、飲みまくるぞー!! 」
「いや、喜んでいるところ悪いけど、まだ先の話だからな」
確か二人の誕生日は秋頃だった筈。それを聞いたアンネは商品を棚に並べているキッカへと飛んで行った。
「ちょっと! あんたの誕生日を明日には出来ないの? 」
「えっ!? いきなりそんな事を言われても…… 」
突然アンネに無理を言われたキッカが、訳も分からず困惑している。なんか、ゴメンね。