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昼休憩も終わり店番に戻っても、やはり俺は身が入らずにチラチラとマナフォンに目を向けてしまう。メールには進展があったような内容ではないが、送られてくる間はレイチェルが無事だという証拠なので、出来るならもう少し頻繁に送ってもらいたい。
「レイチェルも今年で十四、人間でいう成人一歩手前なのよ? いくら何でも過保護すぎ。もっと落ち着いて」
『おいおい、エレミアに過保護だなんて言われてやんの。こりゃ相当だな』
エレミアの言葉にテオドアが魔力収納内で呆れている。まぁエレミアもだいぶ過保護だからね。それでも最近は多少落ち着いてきてはいるけど。
影移動が出来るのだから、リアムのように闇の中へ身を潜み、影を通して町の人達の会話を聞くのは駄目なのかとレイチェルにメールを送ったところ、
―― あの闇に入っている間は常に魔力が消費されていくから、今のわたしの魔力では、そんなに長時間居られる訳ではないの――
との返信が来た。
成る程ね、それをリアムは更に影移動で俺を移動させたのだから、その魔力の多さが計れる。流石は闇の勇者候補だ。
それからメールで送られてくる内容には、町の聞き込みが大体終わり、後は町長の屋敷を影移動で身を隠しつつ調べると綴られていた。慌ててレイチェルにメールを送る。
―― 魔力消費が激しいって言ったばかりだろ? 大丈夫なのか? バルドゥインとタブリスも一緒なんだよな? ――
―― いいえ、少しでも魔力消費を抑えたいから、わたし一人で行くつもり。だけど心配しないで、魔力念話で二人と繋がっているから、何かあれば外にいるバルドゥインが屋敷ごと破壊すると言っていたわ――
そうか、それならあんし―― うん? 本当に安心なのか?
やっぱり一度戻るようにとメールを送ったけどもう遅い。既にその町長とやらの屋敷へ潜入したとの返信があった。
レイチェルはリアムのように長い時間闇へ潜ってはいられないと言っていた。だとすれば、必ず屋敷の中で姿を晒す事になる。もし見付かれば、それが例えカーミラの関係者か一般の町長のどちらでも、ただでは済まない。まぁ、バルドゥインとタブリスの二人がいるから最悪の事態は回避出来るだろうが、別の問題が発生しそうではある。
町長の屋敷へ潜入したレイチェルから、こと細やかに屋敷の内部報告がマナフォンに表示されいく。
この報告を見る限りここの領主の館と比べると狭く、全部の部屋を調べるのにそう時間は掛からないだろう。
だが、肝心のカーミラとの関係を証明出来る物は見つからなかった。
夜、店を閉めて夕食を済ませた俺は、自分の部屋でレイチェルの帰りを待つ。結局、あれから色々と調べたけどカーミラに関する情報は無かった。でもあの町が無関係だと決めるのはまだ早い。転移魔石で何時でも行けるのだから、腰を据えてじっくり調べるのもいい。
でも、今回の事で痛感したよ…… やっぱり他所の内情を調査するのは一筋縄ではいかない。やはりここはその手のプロに頼むべきか……
暫く悩んだ末、俺はマナフォンでとある人物へと連絡を取った。気は進まないが、これ以上レイチェルにコソ泥のような真似はさせたくないし、背に腹は変えられない。
「やぁ、こんばんは。こんなに早く君から連絡を貰うとは思わなかった。依頼なら安くするよ? 」
「いえ、依頼ではありません。実は―― 」
俺から連絡をしてきた事で、マナフォンからゼノの機嫌が良い声が聞こえてくる。裏ギルドとはカーミラに関してだけの協力関係がある。気が進まない中、俺はこれまでの経緯を軽く説明した。
「ほぅ、あの女の部下が逃げ場所にしていた町ですか…… それは興味深い。しかもそこがヴェルーシ公国だと言うのも面白いですね。知っていますか? あの国は何かと楽しそうな噂が後を絶たないのですよ。勿論、幾つかの噂の裏は取っていますがね」
何それ、公国ってそんなに黒い噂が多いの?
「とにかく、裏ギルドの力でその町を調べて頂けると助かります」
「えぇ、喜んで承りますよ。調停者の為なら利益を度外視したっていい。その代わり、神によろしくお伝え下さい」
マナフォンの向こうで、ゼノがニヤリと笑う顔が容易に想像出来る。今回の事で判明したのは、俺達には致命的に情報収集能力が欠けているということ。堕天使達も各地を飛び頑張ってはくれているけど素人には変わりなく、やはりプロのそれには敵わない。仕方ないのかも知れないが、何とも悔しい気分だ。
ゼノとの通話を終わらせてもまだレイチェルは帰ってこない。メールの新着もないし、何かあったのかな?
忙しなく部屋を歩き回る俺に、エレミアが呆れた様子で溜め息を溢す。
「仮眠してある程度魔力を回復してから戻るってメールに書いてあったでしょ? 」
「いや、そうなんだけどさ。何だか落ち着かなくて…… 」
その時、魔力収納から自分サイズの酒瓶を片手に持つアンネが飛び出してきた。
「うりゃ~! 落ち着かないって言うんならさ、ライルもお酒を飲めばいいんだよ! 酔って騒げば時間も忘れちゃうよ!! 」
おぅ…… そんなに花酵母酒が気に入ったのか、アンネはすっかり出来上がっていた。励まそうとしてくれているその気持ちは嬉しいけど、すまないけど今はそんな気分じゃないよ。