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春ももう間近、マナフォンにメール機能を実装してから、ちょくちょくクレスからメールが送られてくるようになった。文章を送るだけなら、通話のように相手の都合を配慮する必要も少ないので、クレスも気を楽にしてメールを打っているようだ。それは別に良いんだけど、一通一通が長文なのがね…… 読むのに一苦労だよ。これなら文字数に制限でも作れば良かったな。
あ、それとリリィにレオポルドが持っていた転移魔石の解析について聞いたのだが、もう座標の特定は済んでいると言う。それを別の魔石に刻んだ転移魔術で、レオポルドが何処に逃げようとしたのかが分かる。そこは一時的な撤退場所なのか、それともあの空に飛んで消えた山の中かは定かではないが、何れにせよカーミラの関わりのある場所だと俺はそう踏んでいる。
どんな小さな事でもいい、カーミラの足取りが掴めるようなものを、ここらで掴んでおかないと本当に手遅れになってしまいそうで不安になる。
『そう気を急るものではない。あの女の事だ、罠という可能性も否定出来ん。何があるか分からんのに、無防備のままその転移魔石を使用するのはどうかと思うぞ? 』
『はぁ? 何言ってんのよ! 使って見なきゃ何処に通じているのか分からないでしょうが!! ここは思い切って転移魔石を使用するべきよ! 』
魔力収納内で、まだ様子を見るべきだと言うギルと、とにかく使うべきだと言うアンネの意見で割れている。
そこへバルドゥインの発言で物事が進み出した。
『王に危険が伴う可能性が少しでもあるのならば止した方が良い。しかし、王が望まれるのならば一考の余地はある。要するにその転移場所が知りたい訳だな? ならば王が直接行かなくとも、俺に命じて下されば良いだけだ』
それってシュタット王国の時のようにバルドゥインに頼んで転移場所を確認してきて貰うって事? まぁ確かにバルドゥインなら例え罠だとしても抜け出せそうではあるけど…… そんなバルドゥインだけに頼って良いのかな?
『それが俺の存在意義。どうか遠慮などせず、如何様にして頂きたい』
『我が主よ、バルドゥインにその様な御心遣いは必要ありません。むしろ心配なのはバルドゥイン一人で行かせてしまうと、転移先で何をしでかすか分からない事です。関係ない者を殺してしまう可能性は十分にありますので』
あぁ、そうだった。バルドゥインの事だ、転移先にいた者を俺の敵だと判断して皆殺しにしかねない。そういう奴なんだよなぁ。
『俺様は嫌だぞ! もうこんな奴と二人はごめんだ!! 』
まだ何も言っていないのに、テオドアが激しい拒否反応を示す。そんなに嫌だったの? でも、他に誰をつければ良いのだろうか?
『あ、先に言っとくけど、あたしも嫌だかんね。こちとらそんな暇ないんじゃい! 』
『我も断る。ここを離れるつもりはない』
アンネとギルは駄目で、当然アグネーゼとオルトンはアンデッドと二人で協力するのは教会に属する者として問題ありだよね?
『その通りであります。それに、じぶんにはライル様をお守りするという使命がありますので、もう梃子でも離れませんぞ! 』
『申し訳ありませんが、いくらライル様の頼みでも、そればかりは聞く訳にいきません』
だよねぇ。ムウナは論外だし、となると…… 同じヴァンパイアであるゲイリッヒか堕天使のタブリスしか残っていない。
『私も我が主と離れるのは…… 』
『オレだってこんなのと二人なんて嫌に決まっている』
『ライル、なんでムウナ、ろんがい? 』
しれっとムウナを無視しつつも考える。どうしようか…… 無理に頼むのも何だし、かと言ってバルドゥイン一人だけだと別の意味で不安だ。
その時、悩む俺の視界の隅で、窓から入る朝日で出来た影が蠢いた。これは影移動? もしかして闇の勇者候補のリアムがまた来たのか? そう身構えたが、影から出てきたのはレイチェルだった。
「どう……? もう完璧に使いこなせるようになったわ…… 」
影移動を自分のものにしたレイチェルが、此方の事情を知らずに誇らしげな顔を向けてくる。
「あ、あぁ。この短時間で良くここまで出来たね」
「フフ…… でも結構魔力を使うから、そう何度も使えないの…… 」
困ったわ…… なんて言っているけど、褒められたのが嬉しいのか、レイチェルは笑顔だった。
「それで…… 兄様は何をそんなに悩んでいるの…… ? 」
まぁ、レイチェルには魔力収納の事やカーミラを追っている事も既に知っているので事の次第を説明すると、思いがけない提案をしてきた。
「そう…… 兄様が困っているのなら力になりたい…… だからわたしがバルドゥインと一緒に転移先を確認しに行くのはどう…… ? 」
「どんな危険があるか分からないから駄目だ。レイチェルをそんな所へいかせる訳にはいかないよ」
「それは兄様も同じよ…… 大丈夫…… どんな危険があろうとも、わたしなら影移動で逃げられるし、バルドゥインはとても強いのでしょ? 少し確認したらすぐに戻ってくるから…… 」
それでも危険な事には変わりない。血の繋がった実の妹をそんな所へ送る兄がいるか。やはりここは自分が行くしかないな。
『お待ちください、王よ。妹君を傷付けようとする者あれば、俺が全力で排除するのでご安心を。どうかその心意気を買って頂けませんか? 』
バルドゥインの強さは信用してるけど…… それとこれとは話は別だ。
「兄様…… お願い…… 」
くぅ、あの鋭い目付きを潤ませるのは反則だろ。妹に悩殺されそうになる俺を見かねて、タブリスが堪らず声を掛ける。
『はぁ、仕方ない。バルドゥインと二人は嫌だが、レイチェルと三人なら行っても良いぞ』
そこはレイチェルの代わりに二人でとは言わないんだな。バルドゥイン、どれだけ嫌われてるんだよ。