レヴィントン砦の防衛戦 3
今日の定例会議も特に変わった事もなく、各自現状を報告しただけで終わった。
部隊長達が席を立ち会議室を後にしていく中、レイシアとリリィが入ってくる。
「その様子では特に重要な事はなかったようだな? 」
「…… まぁ、予想した通りね。…… 夜にはレイス達が来るとは思うけど、結界があるから大丈夫。…… 本当に魔王の嫌がらせは陰湿ね」
ここに攻めてくるアンデッドはレイスとスケルトンだけ。グールは体が凍って動けなくなるので使わないのだろうと、リリィが言っていた。
「お疲れ様、君達にはつまらない会議だったろうが、何も問題がないのは良い事だ」
そこへゲオルグ将軍が、その精悍な顔に短く揃えた髭を撫でながら声を掛けてきた。
「お疲れ様です。確かに何もないのに越したことはありません。欲を言えば魔王軍も来なければ良かったのですが」
「まったくもってその通りだ。まさか冬を狙って攻めてくるとは、魔王は中々の知略を持つ逸物か、とんでもない大馬鹿のどちらかだな。どちらにせよ迷惑この上ない。しかし、我が国に勇者候補が選出され、二人の勇者候補が加勢しに来てくれた事には感謝している。あのクレス君が光の勇者候補とはな…… また共に戦えて光栄だよ。あの取り逃がしたオークキングが魔王となって再びこの砦を攻める、何とも執念深い事だ。だが、恨みがあるのは此方も同じ。今度は逃がさん」
ゲオルグ将軍も当時を思い出し表情を歪める。僕と同じようにオークキングを仕留められなかった事を悔やんでいるのだろう。
「それにしても、本当にクレス君達がこのレグラス王国に来てくれて良かった。前以てレイスの存在を忠告してくれたからこそ、こうして事前に対処が出来た。そして何より助かったのは会議で発言したように転移魔術と、リラグンド王国というよりインファネースからの食糧援助だ。よもやこの時期に新鮮な海魚を食せるとはね。今年の冬はひもじい思いをしなくて済みそうだと、街の皆も喜んでいたよ」
言葉で感謝を伝えるゲオルグ将軍だが、その顔はとても微妙である。それもそうだ、僕達が此処へ来ようと決めたのは魔王軍が攻めてきていると聞いたからで、もし何もなかったら例年通り備蓄した食糧を少しずつ消費してじっと冬が過ぎ去るのを待っていただろう。それは即ち、魔王軍のお陰でインファネースから食糧援助を受けられていると同意である。そう思えばこそ手放しで喜べないのも無理はない。
「インファネースがあるレインバーク領の領主様は、今回のレヴィントン砦の現状を聞き、全面的に支援すると仰ってくれました。生活面だけでなく戦闘面でもこうしてゴーレムを作ってくれては送ってくれています」
魔王軍との戦闘が始まった頃から毎日とはいかないが、シュタット王国の時と同じあのゴーレムを作っては送ってくれている。この雪で機動性は落ちてしまっているけど、押し寄せる魔王軍を止める壁として大いに役立つ。このゴーレム達がいるからこそ、僕達は壁の外に出ること無く魔王軍を追い払えてきた。レヴィントン砦はインファネースに大きな借りが出来たとゲオルグ将軍が、これまた嬉しそうでいて困ってもいる表情を浮かべていた。
「話はこれで終わりかい? ならアタイは畑の様子を見たいから失礼するよ。海魚も良いけど、芋はアタイ達には欠かせない物だからね! 」
「あぁ、そうだな。レイラがここの畑を管理してくれているお陰で、今年は沢山獲れそうだと報告が上がっている」
レグラス王国の主食はパンではなく芋である。丸くてごろごろした芋を蒸かし、それを潰して野菜や肉、胡椒を混ぜた物が必ず食卓に並ぶ。ジパングで言うところの米のようなものなのだろう。
「へへ、アタイが育ててんだから当たり前よ! 」
ゲオルグ将軍から自分の仕事を誉められ上機嫌になったレイラは、足取り軽く会議室から出ていった。
「なぁクレス。レイラを見ていると俺は時折、属性神の選定基準が分からなくなってくる。戦うよりも農作業をしている方が生き生きとするような者をどうしてこの戦いに引き込んだのか…… 」
部屋から出ていくレイラの後ろ姿を見詰めていたアロルドが呟く。確かに軍人でも冒険者でもなく、ただ農業が好きな女性をどうして土の属性神が選んだのか、それは僕にも分からない。神達の思考は人間では理解が及ばないと教会の人達は言う。きっと何かしらの意味はあると、僕はそう信じたい。彼女でなければならない理由があるのだと……
「それでは、私もここで失礼する。恐らく今夜もアンデッドの襲撃があると思うが、よろしく頼むよ」
ゲオルグ将軍が退出し、会議室には僕とレイシアとリリィとアロルドの四人だけとなった。
「私達も自分の部屋に戻ろう。夜に備えて休んでおかないとな! 」
「…… そうね。…… またレイスとスケルトンだけだと思うけど、油断は出来ない。そして何より早く部屋に戻って温まりたい。…… この国は寒過ぎる」
レグラス製のモコモコなローブと手袋をしたリリィが小刻みに体を震わせていた。確かに、レグラス王国の冬はとても寒い。どのくらい寒いかと言うと、水滴がものの数秒で凍ってしまう程だ。アロルドは態々魔法で氷を作らなくても、水さえ出せば勝手に凍ってくれるので魔力の節約になると喜んでいた。その現象を利用してよく砦を襲ってくる魔物を凍らせている。
「俺もあいつらの所に寄ってくか。それじゃ、また夜にな」
「あぁ、また夜に」
アロルドと別れた僕達は、除雪が済んだ道を歩き世話になっている宿へと向かう。しかし幾ら除雪をしていようと、凍った道まではどうにもならず、その歩みは何時もより遅い。初めはよく滑って転んでは街の人達に笑われていたな。
「…… 寒いし転ぶし、冬は嫌いだわ」
すぐ後ろで転ばないようにちょこちょこと歩くリリィを見て、僕は思わず苦笑した。