レヴィントン砦の防衛戦 2
威勢の良いこの長身の女性は、土の属性神によって選ばれた勇者候補、レイラである。
その身長は百九十を超え、レイシアと負けず劣らずの筋肉質な肉体。肩まで伸びる赤茶けた癖っ毛を乱雑に後ろで縛っている。魔王軍との戦闘が終わったばかりなのか、ソバカスが目立つ顔とオーバーオールに泥を付けて笑っている。
「待たせてごめん、レイラ」
「また壁の上から撤退していく魔王軍を見てたのかい? 逸る気持ちは分かるけど、春になったら存分に戦えんだから、それまでのんびりしてれば良いんだよ」
「それはそうなんだけど、簡単には割り切れなくてね」
「ふぅん? アタイはどうにも戦いってやつは苦手だ。何時も通り畑を耕して芋でも育てている方が気が楽だね。なんでアタイが勇者候補に…… 神様の考える事は分からないよ」
レイラは農民だったが、勇者候補に選ばれて此処へ連れてこられたらしい。 僕としては戦いに適した肉体をしていると思うんだけど、二十歳の女性に向かって言うには失礼なので心の中に留めておく。
「おい、そんな恵まれた体を持っているのに、何言ってんだ? 単純な腕力だけなら俺達よりも強い癖にな」
「ハハハ! この筋肉は農作業用だからね! でも、アタイから見ればあんたらが貧弱なのよ。村の男共の方がガッチリとしていて強そうだ。もう少し体を鍛えたらどう? 」
アロルドの失礼な物言いにもレイラは豪快に笑い、男性と遜色ない大きな手で、アロルド背中を乱暴に叩く。
「ゴホッ! い、痛ぇな、手加減しろよ! この筋肉大女が!! 」
また暴言を吐かれても、レイラは気にせず笑う。この様に、砦に来てからアロルドはレイラに翻弄される日々を送っている。
「うん? 肉体を鍛えるのはとても素晴らしい事だぞ? レイラ殿の自然な筋肉の付き方は正に芸術的だ」
「ありがとな! レイシアも良い体してるよ。農家としても十分にやっていけるな。アタイが一から教えてやるから、平和になったら村に来ないか? 」
「ふむ、農家か…… 悪くはないが、私には騎士になるという夢がある。折角の誘いだが遠慮しておこう」
「そうか、残念だな。村には若い女が少ないから、レイシアが来てくれると助かるんだけど、しょうがないか」
おいおい、目の前の堂々と仲間を引き抜こうとしないでほしいね。レイラのこの豪胆な性格は頼もしくはあるんだけど、それ以上に面倒事を引き起こしそうで不安になる。まぁ僕も人の事は言えない自覚はあるけど。
そうやって暫く話し込んでいると、会議室には冒険者と商工ギルドのマスターや各部隊の隊長達が集まってきては、部屋の中央に設置した長机に並べてある椅子に座っていく。
「…… 人が集ってきた。…… レイシア、私達はそろそろ出た方がいい」
「うむ、そうだな。ではクレス、レイラ殿、アロルド殿、また後で」
俺達は勇者候補として会議に出席する権利があるけど、レイシアとリリィは違う。なので会議が始まる前には部屋から出ないといけない。
「ふぅ…… 俺達もそろそろ座るか。くそ、まだ背中が痛い。これは絶対腫れてるな」
「これでも手加減したつもりなんだけど? アタイって他の勇者候補を知らないから、皆あんたらのように貧弱な体してんの? 」
「さぁ? 僕も全員を知っている訳ではないからね。あ、でも火の勇者候補のアラン君は僕とアロルドより華奢だよ」
ねぇ、そんなんで本当に魔王と戦えんの? と言うレイラの不安そうな言葉を受けつつ俺は適当な椅子に座り、右から順にアロルド、レイラが座っていく。
そして長机の先に、この砦の最高責任者のゲオルグ将軍が席に着いて会議が始まった。
内容は何時もと変わらない。食料庫の残りや、今回の防衛によって負傷した者がどれだけいたか、魔王軍との戦争を論じるより、殆んどが越冬についてだった。
「クレス君達が持ってきてくれた転移魔術が無ければ、この砦と街は例年通り孤立していただろう…… そればかりじゃない。リラグンドの結界のお陰でこの砦はレイスの被害に遭わずに済んでいる」
ゲオルグ将軍は此方へ軽く頭を下げて感謝の意を表し、これに僕達も会釈で返す。
レグラス王国の冬は雪が腰上まで積もる事は珍しくもない。その為、馬車は当然走れないし猛吹雪が吹き荒れる中を歩くのも自殺行為だ。なので備蓄した食糧を頼りに、細々と冬が過ぎるまで生活するのがレグラス王国の一般的な光景である。恐らく魔王はその事を知って、孤立する砦を攻めて春までに兵士や冒険者達を疲弊させてしまおうと考えているのでないか? との見解がされている。要は嫌がらせに来ているのだ。
魔王軍が何処を拠点として、この冬の間どうやって食糧を確保しているのか、偵察に出したくとも積雪で外には出るには危険があるうえに、魔物達の足跡は吹雪で消されてしまう。レグラス王国の人達はこの厳しい冬に慣れているからこそ安易に外には出るような事はしない。
この過酷な環境で苦しいのはお互い様、無理に此方から攻める必要は無く、今は冬が過ぎ去るのをじっと耐えて待つだけだ。