レヴィントン砦の防衛戦 1
レグラス王国が鉄壁の守りで大陸に名を馳せたのは、このレヴィントン砦があったからだ。この砦には過去に幾度となく帝国軍を退けた逸話が残される程、多くの功績がある。
そして何時しか砦の中に兵士の家族が移り住み、商人も訪れるようになり、小さな村が出来た。その後も人は集り、やがて村は町に、町は都市にまで発展した。
辺りは山に囲まれており、切り立つ岩壁が行く手を阻む為、王都へ行くにはこの砦は避けては通れず、魔王軍もその例に漏れず、こうして砦を攻めるしかない。
僕は今、その鉄壁を誇る砦を覆う防壁の上で、辺り一面に広がる銀世界の中を魔物達が撤退していく様を見ていた。
今回の戦いは、シュタット王国と違って此方から打って出る事はしない。魔王軍が攻めてきた時にだけ、この防壁の上に設置した弩砲と魔法を放ち、砦から出ることなく敵を撃退する。長年決まった戦いをしているからか、兵士達は淀みなく動き、迅速に魔物達へ安全な場所から攻撃を仕掛けていく。その姿に練度の高さが伺える。
「ふぅ…… 楽と言えば楽なんだが、俺と共に来たあいつらが暇そうにしてて、何だか居たたまれない雰囲気だ」
一仕事終えたと言った感じで、水の勇者候補であるアロルドが僕の横に並ぶ。
「その気持ちは多少なりとも分かるよ。この降り積もる雪の中では歩兵はまともに戦えない。弓や魔法を安全な場所から放つ方が効率的だからね。でも、魔法なら何でも良い訳でなく、火や光魔法では折角の雪を溶かしてしまい、此方側の利点が無くなってしまう。だから今の時期では土と水魔法が最適なんだ。アロルドは水の勇者候補だから良いけど、光魔法しか使えない僕ではあまり力になれていないようで、どうにも後ろめたくなってしまうよ」
そう、周囲に降り積もる雪は、優に腰まで届く位に積もっている。そのお陰で魔王軍の侵攻速度は鈍くなり、砦で迎え撃つだけの僕達には有利に事が運ぶ。だが、僕の光魔法は高熱を発し、その熱で雪を溶かしてしまっては、態々相手の足場を整えるだけだ。同じ理由で火の魔法も今の時期では使用は控えている。
なので雪が溶けるようなことのない魔法が有効だ。そこで活躍するのは水の勇者候補アロルドに、土の勇者候補の二人である。
水魔法は何も水だけを生み出し操る魔法ではない。その水を氷や熱湯にしたり、周囲に沢山ある雪を魔法で操る事も出来る。魔力から水を作り出すより、既存のものを魔法で操る方が魔力消費は少ない。なのでこの雪景色の中はアロルドの独壇場と化している。
「シュタット王国で慣れたのか、どうにも歯応えがなくて拍子抜けだ。奴等、本気で砦を落とそうという気があるのか? 」
確かに、シュタット王国での戦いに比べれば、随分と楽なものだ。僕なんか、これで三度目の襲撃なのに聖剣を一回も出していない。ただ、土魔法が使えるレイシアと、あらゆる属性の魔術を使いこなすリリィは忙しくしているみたいだけどね。
「そんなつまらなそうな顔するなよ。あのミノタウロスを倒した時のような光魔法なら、魔王軍も蹴散らせただろうが、折角の雪が溶けて地面も抉れる。目の前の敵を倒したいのは分かるけど、レグラス王国はあくまでも越冬を目的としている事を忘れるなよ? 」
「あぁ、忘れてなんかいないさ。春が来て雪が溶けたら、本格的に魔王軍との戦いが始まる。その時がくるまで、大人しくしているよ」
敵が見えているのに本気を出せないのは思ったより辛いものだ。腰まで埋もれている魔物達が歩き辛そうにしている姿がまだ見える。
魔物の種類もシュタット王国とは違って毛に覆われている者達が多いな。白い毛並みをした大きいゴリラのような魔物もいれば、ハルピュイアのように空を飛ぶ魔物もいる。その何れもが毛深く、この極寒の地でも問題なく動けるみたいだ。
「お~い、二人とも! そろそろ定期会議の時間だぞ!! 」
壁の下で俺達を呼ぶレイシアの声が届く。
「分かった! すぐに行くよ! 」
僕とアロルドは壁の内側にある石段を下り、レイシアとリリィの下へと歩いていく。
「二人とも、今日もお疲れ。あまり力になれなくてすまない」
「なに、気にするな! 普段はクレスに頼っているからな。たまには良いのではないか? 」
「…… 春になればクレスも前線に出られる。…… だからそれまで力を温存していると考えれば良い」
二人から慰められながら砦の中にある街を進んで行けば、厳重な門構えをした一際大きい建物が見えてくる。彼処がこのレヴィントン砦の中枢だ。
門番に軽く身体検査をされてから中に入り、何時もの会議室へと向かう。
「あれからそんなに時間が経っていないというのに、何だが懐かしく感じてしまうな」
レイシアが基地内部を見回して染々と呟く。
そう、僕達はこの砦に来るのは今回が初めてではない。オークキングの討伐にも、この砦を拠点として動いていた。
まさかあの時取り逃がしたオークキングが魔王となるなんて、誰が予想出来ただろうか? 過去を嘆いても何も変わらないのは知っているけど、仕留めきれなかった事が悔やまれる。
「…… クレス、過去を悔やむのは程々に。…… もう着いたから気持ちを切り替えて」
リリィの言葉に意識を今に向けて扉を開ける。
「おっ!? 来たね! 皆遅くて待ちくたびれちまったよ。さっさと会議を済まして畑に戻りたいのにさ! 」
会議室の中で、今日も元気一杯な土の勇者候補が声を張り上げた。