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「あの………それって、僕には魔術が使えないってことですか?」
そんな………それじゃあ何のために家庭教師まで雇って貰ったんだよ……
「ライル君、先程も言いましたが悲観することはありません。全く術式を刻む事が出来ないのは初めてですが容量が極端に少ない人は沢山います」
「そう……なんですか? その場合はどうすれば?」
「魔道具があります。魔道具なら使う事も作る事も可能ですよ」
そうか、自分自身で魔術が使えないなら道具に頼ればいいんだ。そんな当たり前の事を失念していたなんて情けない。
道具でも何でも頼らないと生きていけるはずがないのにな……バカだよ俺は、こんなことぐらいで膝を折っている暇はないんだ、そんなことではクラリスに愛想を尽かされてしまう、しっかりしろ!俺!
「どうやら解ってもらえたみたいですね、とにかく魔術言語を覚えましょう。まずはそこからです」
「はい!……その前に一つ質問してもいいですか?」
「えぇ、かまいませんよ」
「先生はさっき僕に魔力を流し込みましたが、それによってどこまで調べる事ができるのですか?」
「どこまで、ですか? 先程の方法で分かる事と言えば、ライル君の大体の魔力量と魔術式の許容量だけですよ。何か気になることでもありましたか?」
「えっとですね……魔力で対象の全ての情報を知ることは出来ないのかなと思いまして」
「全ての情報ですか?」
「はい、例えばこの椅子の細かい部分やどういった作りをしているかなど」
「う~ん、魔力だけでそこまでの情報を引き出すことはできませんよ、それができたら鑑定の魔道具は必要無くなってしまいますね」
「そうですか……」
やっぱり俺だけなのかな、魔力で触れた物の情報を読み取る事が出来るのは。
怖くてまだ人には試していないけど、どうなるのかは興味がある。自分で自分を調べるというのはどうだろうか?今度試してみよう。
「情報を読み取る事が出来るのは鑑定の魔道具と鑑定スキル以外は聞いた事がありませんね」
ん?いまスキルといったか?スキルってあの? ゲームでよく聞くあのスキル?
「せ、先生、スキルとは一体……どんなものなんですか?」
「え?スキルですか?……あぁ!そっか、ライル君は五歳でしたね。まだ知らなくもおかしくはありませんね、いやぁライル君と話しているとついつい忘れてしまいます。まるで年の近い者と話しているみたいで」
「ハハ………先生、それはちょっとひどいじゃないですか……」
すいません、精神的にはかなり年上です。心はおじさんなもので。
「いや、失礼……スキルはですね、言うなれば知識への鍵です」
「知識への鍵?」
あれ?なんか思ってたのと違うぞ、てっきり特殊な力とかを想像してたんだが。
「ライル君は十歳になったら魔法を授かるため王都の教会まで行く事になると思います。その授かる魔法こそスキルなのです」
「それってつまり特別な力が貰えるってことですよね?知識とどんな関係が?」
「いえ、これは力ではなく知識を授かっているのです。正確には知識を得る権利ですかね、ライル君は疑問に感じませんか?誰にも教わっていないのにスキルを授かっただけでいきなり魔法が使えるなんて、おかしいとは思いませんか?」
「確かに………そう言われたらですけど……」
「そういうものだと割り切ることもできますが、それは思考を放棄しているのと同じです!人はそれを止めた時、人ではなくなってしまう!生きながら死んでるようなものです……何が起きようとも考える事だけは止めてはいけませんよ」
「は、はいわかりました」
アルクス先生、なんか熱が入ってきたな………
「スキルは大きく分けて“先天的スキル”と“後天的スキル”の二つに分類されます。先天的スキルは生まれながらに持っているスキルで、後天的スキルは生れた後何らかの要因で発現したスキルのことです。後天的の代表的なスキルは“剣術”などの戦闘スキルと“言語”スキル等があります。これ等は自身が訓練し、勉強したり経験したものがスキルとなって発現するのです。だから自分が知り得る以上のこと、経験した以上のことは知ることはできません。人間はそう都合良く知識や訓練した内容を思い出せるほど器用ではなく、何もしなければどんどん忘れてしまいます。でも言語スキルがあればもう忘れることはなく、剣術スキルがあれば自分が習った流派の型などいつでも動ける事ができます」
「つまり、スキルは主に補助的な役割だということですか?」
「その通りです!ですがそれだけだと説明がつかないのがこの先天的スキルです。僕は蓄積された知識がスキルとなって発現したといいましたよね?でもこの先天的スキルは生まれながらに持っているスキルなんです。生まれる前にどうやってスキルが発現するほどの知識を得たのか?その答えは魔法スキルです。どういう事かわかりますか?ライル君」
「つまり勉強も何もしていないのに魔法が使えるのは何処かから魔法に関する知識を得ているからだと?」
「そう!その“何処か”は一体どこなのか?これは魔術師と教会で意見が分かれているのですが……教会の人達は神の知識と言っています。神は全てを知っていると、何せ世界を創ったのだからと。だけど僕達魔術師は違います。確かに魔法スキルは神によって与えられます、おそらく先天的スキルも神の手によるものでしょう。だが知識は神からではなく、別の場所から来ていると僕達はそう説いています」
「別の場所とはどこなんですか?」
「そこは神々すら直接干渉出来ない場所、その存在は古い文献に数多く記されています。この世界は生まれてから今この瞬間まで、すべてを記録し続けている、その記録を保管している場所があるはず、それを証明しそこに到達する事を悲願とする魔術師もいます」
「それじゃあ先生は世界そのものが人間のように記憶があると言いたいんですか?」
「ほう、世界の記憶ですか、言い得て妙ですね。概ねそのような感じです」
「ではスキルとはその世界の記憶から知識を得るためのものだと?」
「そうです、世界の記憶から特定の知識の扉を開く鍵のような役割をしていると思われます」
あぁ、だから知識への鍵なのか
「ふぅ、少し長くなってしまいましたね」
アルクス先生が一息ついた時、扉をノックする音が聞こえた。
「失礼いたします、紅茶のご用意が出来ました。少し休憩しては如何でしょうか?」
クラリスが紅茶とクッキーを持って部屋へと入ってきた。
「そうですね、ここらで休憩しますか。そのあと魔術言語の勉強をしましょう」
「はい、わかりました」
俺たちはクラリスが準備しているテーブルへと移動した。