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リアム曰く、この闇は魔法で作り出した空間であり、全ての影と繋がっているらしい。ここで重要となるのは影からしか出入り出来ないという事。夜のように周りが真っ暗闇では使えないのだと言う。
「光りで照らされできた影でなくては駄目というのは、何とも皮肉な話だがな」
顔の下半分が隠れているので表情は見えないが、呆れたような声を出したリアムは、自然な動作で前に突き出した右腕を横に払った。
すると、遠くに見えていた光りの一つが俺達の前へと移動してきた。その光りからは、木材の壁に簡素な机と椅子、そしてそこに座る一人の男が見える。場所までは分からないが、何処かの部屋の中のようだ。
「入った時と同じように光りに体を潜り込ませればここから出られる。お先にどうぞ」
まぁ、こんな所で一人になるのも不安だし、リアムの言葉に従って先に闇から出ていく。
闇を抜けると、辺りが明るくなり木の香りが鼻孔をくすぐる。ギルドマスターの部屋とは思えない程に質素で狭いな。ここが裏ギルドの本部って訳じゃなさそうだ。
「マスター、例の少年を連れて来ました」
後から出てきたリアムが椅子に座る男に声を掛けると、その男は軽く首肯いた。
あれがギルドマスター? 何て言うか…… 痩せているというより窶れた感じがする老人のようだ。頬は酷く痩けていて、目玉は深く窪み、まるで皮だけ張り付いている骸骨のような顔をしている。不健康どころかまるで死人みたいだ。心なしか生気も薄い感じがする。
「ようこそ、調停者の少年よ。私は裏ギルドのマスターをしている “ゼノ” と言う。急な招待で困惑したと思うが、応じてくれて感謝するよ」
水気のないしゃがれた声だけど、ハッキリと喋る裏ギルドマスターのゼノ。その見た目に反した口調に益々混乱してしまう。何処かちくはぐとしたゼノに、一気に警戒心が高まる。
「…… 初めまして、私はライルと言います。会って話がしたいとの事ですが、いったいどの様なご用件で? 」
「そうだな…… 時間は有限、無駄は省略して早速本題といこう。ライル君、裏ギルドに入らないか? 」
「勧誘ですか? 申し訳ありませんがお断り致します。私は金を貰ったとしても殺しや盗みなんてしたくありませんので」
きっぱりと断る俺に、ゼノはニヤリと笑った。その笑顔もまた不気味で生気がない。もっと生き生きとした笑いは出来ないものかね?
「駄目元で言ってみたが、こうも速攻で断られるといっそ清々しくもある。ライル君は我々をどう思う? 」
「…… どう、とは? 質問の意図が分かりかねます」
いきなり漠然とした問いに内心頭を傾げた。
「これは失礼、言葉が足りなかったな。裏ギルドの在り方について、我々の存在はこの世界に必要かどうか、人間の調停者である君の考えを是非とも聞かせて貰いたい」
光りあるところには必ず闇がある。綺麗事だけでは人間の社会は成り立たないのも事実。裏ギルドが誰かを殺したせいで不幸になった者がいるその反対に、助かった者も少なからず存在する。だからと言ってそんな殺し屋集団を認める事はしたくないと思う自分もいる。一概に必要とも不必要とも言えないのが難しい所だ。それに、ここで敵対的な言動で相手を怒らせてしまったら、裏ギルドとの全面対立に発展しかねない。
『ご心配なく。王のお考えで相手が不快に思い敵対的な行動に出ようものなら、その首を掻き切ってみせよう』
『僭越ながら、その時は私もバルドゥインと共に此処にいる二人を皆殺しにする所存です。闇の勇者候補だろうと躊躇はしません』
魔力収納にいるバルドゥインとゲイリッヒの殺気が、俺の魔力を通して外に漏れ出す。
「フフフ…… 凄い殺気だ。此方の出方次第ですぐにでも殺すつもりか? だが生憎とこの体は私のものではない。なので今私を殺すのは無理というものだよ」
「自分の体ではない? 本人ではないと? 」
「中身は本人だ。体は別物で、意識だけがこの体に入っていると考えてくれていい。こんな仕事をしていると様々な者と知り合う機会が多くてね。これは昔とあるヴァンパイアの女性に教えてもらった死体に意識を乗り移らせて操る死霊魔術の一つさ。当然、術を解くかこの死体が破壊された時、遠く離れた場所にある本体へと意識が戻る仕組みになっている」
死霊魔術だって? そんな事も出来るのかよ。っていうか今目の前にいる老人は死体なのか、どうりで生気が無い訳だ。しかし、死霊魔術ならヴァンパイアであるゲイリッヒだって使えるんだ。その術の対処法だって知っているよな?
『我が主よ。勿論あの術の対処は出来ますが、準備に時間が掛かってしまいます。その間に本体に戻られてしまってはどうにもなりません』
成る程、怪しい動きを見せたら即座に術を解いて逃げるつもりだな? だからこそあんなに余裕を見せているのか。
「この世界、臆病なくらいが丁度いい。だからこそ、ここまで生きて来られた。生き残る事に関しては、誰にも負けないと自負しているよ」
思った以上に厄介だね。これが裏を牛耳るギルドのマスターか……