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人の出入りが激しいインファネースでは、様々な人が入れ替わりやって来る。その中には貴族派に属する者が紛れ込んでいるが、その全てを取り締まる事は現時点では不可能に近い。
クレーマー事件を指示していたと思われる元執事の男もその一人だったが、証拠隠滅の為に裏ギルドの暗殺者に殺され、真相は闇の中。
王妃様が今、その暗殺者がまだインファネースに潜んでいる可能性があると調査しているが、足取りは掴めていない。
暗殺者の所在は気になる所だけど、そればかりに時間を使っている余裕はなく、俺とヘバックと王妃様で、貿易に使う海路の安全確保を進めなくてはならなかった。
サンドレアにある港町とインファネースを繋ぐ海域に、魔王の魔力を防ぐ結界を張る訳だが、その工事は海中での作業となる。いくら水中を自在に泳げる人魚でも魔道具を海底に仕掛け、尚且つその動力となる魔力をマントルから吸い上げる為の工事は出来ないので、ドワーフの協力も必要となる。
しかし、その話を聞いたドワーフは皆揃って、
「はぁ? 海中での工事だぁ? ワシらを殺すつもりか! 息も出来ん、体も思うように動けん所でどうやって工事するんじゃ! 」
と、この様にまともに相手をしてくれない。こればかりは酒を渡してどうこうという訳にもいかず、王妃様とヘバックと一緒に頭を悩ます。
「儂の案としては、人魚さんらには海中で護衛をしてもらい、ドワーフ達で工事をして貰いたい所なのじゃが…… ドワーフは人魚と違って長く息を止められんからのぅ」
「魔法で空気の泡を頭に集めるという方法も考えましたが、人魚達の話では海底深くはとても寒いらしく、そんな中ではドワーフの体力も空気を確保する魔力も持ちませんね」
確かに、ウェットスーツ無しで海を長く潜り続けるのは厳しい。それに王妃様が仰有った方法では風魔法が使える者も一緒に潜らないと空気が確保出来ないのも問題だ。
「王妃様、ヘバックさん。私に少し時間を頂けませんでしょうか? 寒い海底でも長時間動けるようなスーツの開発に挑んでみようかと思います」
「ほぉ、そんなものがあるというのかの? 」
「上手くいくか分かりませんが、構想はもう頭に浮かんでおりますので、後はそれを形に出来るかどうか…… 」
「…… 分かりました。ライル君はそのスーツの開発をお願いします。私とヘバックさんは別の案を模索しましょう。ライル君、何か必要な物があれば遠慮なく言ってくれて良いのよ」
「ありがとうございます」
店から出ていく二人を見送り、軽い溜め息を一つ溢す。
「あんな事言って、大丈夫なの? 」
側でじっと話を聞いていたエレミアが心配そうに顔を覗き込む。
「まぁ、何とかなるでしょ。とにかく今は材料を集めよう」
俺は地下市場へと足を運び、そこに売られているシーサーペントの素材等を買っていく。
シーサーペントの皮なら水に強いし耐久力も高い。これなら良い感じのウェットスーツになるだろう。後は空気の確保で酸素ボンベを考えたのだけど、それだと背中に担ぐか腰に着ける形になってしまう。普通の人間ならそれでも良かったのだろうが、背の低いドワーフでは邪魔になってしまうな。常に外から空気を供給出来る仕組みを考えないと…… 例えば、命綱を通して船から空気を送るのはどうだろう? 手押しではなくて風と炎の魔術を刻んだ魔石ないし魔核で、温かい風を海底にいるドワーフに送る。そうすれば寒い海底でも体の温度を保てる。
問題は顔と頭を覆うメットをどうするかだ。作業がしやすいように透明度が高くてちょっとやそっとの水圧に負けないくらい物にしないと。イメージとしては、宇宙服の耐圧性プラスチックヘルメットが理想なのだが、プラスチックってどうやって作るんだ?
ならば硝子でヘルメットを作ろうかとも思うが、硝子って何処までの水圧に耐えられるのだろうか?
魔力支配の力を駆使すれば強化ガラスぐらいは作れそうだけど、これも後で検証が必要だな。
そうして俺は、店を母さんやゲイリッヒ達に任せてドワーフ用のウェットスーツ作りに専念した。
そうして数日後に出来上がったのが、このシーサーペントの皮を魔力支配で加工して作った繋ぎ目一つないウェットスーツである。ドワーフ用なので子供サイズの横幅が広い、ずんぐりむっくりな見た目なのはこの際仕方ない。
シーサーペントの皮で作られているので水には強いが、スーツ自体はひんやりとしていて体温維持が難しい。それを補う為、命綱を兼ねている長い管から風と炎の魔術で温かい空気を送り、体温の低下を防ぐと共に酸素を確保する。
ヘルメットには結局プラスチックは作れなかったので、強化ガラスにしてみた。勿論、曇らないように曇り止めの薬を塗るのを忘れてはならない。
「デイジーさん、ありがとうございました」
「別に良いわよぉ。私も珍しい薬が作れて楽しかったわぁ。それにこれ意外と便利かも、窓ガラスや眼鏡の曇り防止にも使えるしね」
ガラスが曇る原因は何と言っても中と外の急激な温度変化による結露と油分の付着である。その仕組みを説明して、結露や油分が付かないようにする薬は作れないかとデイジーに頼んだところ、見事に曇り止めの薬を作成したのだった。後はこれで実際に海に潜り、テストを重ねて問題がなければ、またドワーフ達に協力してくれるように説得だな。