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もし、裏ギルドが貴族派側について此方と対立したとなれば、これほど面倒な事はない。だが、王妃様はその心配は無用だと言う。
「全国に支部を持つ裏ギルドのマスターは、極めて利己的な男です。どんなにお金を積まれたとしても、今の王族派と貴族派の力関係では、どちらかに偏る事はしない筈。今回はただの執事を一人始末するだけだったので受けたに過ぎません。流石に一国を崩す事には加担しないでしょう」
「つまり、依頼されたとしても王族や国の重鎮を殺す事はしないと? 」
俺の問いに王妃様はしっかりと頷いて見せる。その話を信じるなら、王族と公爵、そしてリラグンドの貿易を担っているレインバーク領の領主と娘のシャロットは、裏ギルドの暗殺リストには入らないって事で良いんだよな?
「だとしてもじゃ、こうして奴等を追い込む機会を裏ギルドの者に奪われたのも事実。この問題をどうにかしなければ、どんなに捕まえてもまた同じように始末されてしまっては、何も進展せんぞ? 」
「あの男の事です、きっと貴族派と王族派のどちらかが有利にならぬよう適度に依頼を受けつつ金を巻き上げようとしているのでしょう。彼にとっては国がどうなろうと関係ありませんが、どちらかのお得意先が消えるのは裏ギルドにとって損失となります。なので、出来るだけ引き延ばし収益を出そうという考えなのでしょうね」
裏ギルドのマスターというのは、とことん利益を追及する人物のようだ。だからこそ、王妃様は確信をもって大丈夫だと言っているのだろう。
「その裏ギルドのマスターって奴は分かったけど、噂の凄腕新人ってのは結局どんな奴なんだ―― でしょうか? 」
「フフ、此処は非公式の場なので、無理に敬語は使わなくて結構よ。そうね、その新人とやらについては此方で調べてみるわ。まだこの街にいるのかハッキリとさせないといけませんからね」
ここで一旦話を区切り、俺達はすっかり冷めてしまった紅茶で喉を潤す。ふぅ、ずっと緊張した空気の中で喋っていたから喉がカラカラだよ。
「さて、ここからは別の話になるけど…… ライル君のお陰でサンドレア王と相談しつつ、安全を確保する海路が大まかに決まったわ。後はその海域に魔道具を仕込んで様子を見るつもりなのだけど、その作業を人魚達に頼みたいの。それで報酬は何が良いのかしら? 彼女達はどんな物を提示すれば引き受けてくれると思いますか? 」
「え? それは、人魚達に直接聞いてみないと何とも言えませんが…… ? 」
「それは分かっていますが、先ずは相手の望みそうな物を調査して、それを何処まで集められるかを検討しなくては交渉に時間が掛かってしまうわ」
そうか、その場で相手の求める物を聞いたとしてもすぐに集められない物だったら、確実に用意できるとは限らない。交渉とは、相手と顔を会わせる前から既に始まっているのか。
「人魚達は料理にはまっているようですし、珍しい調味料や食材等が宜しいかと。後は単純に金銭でも良いのでは? インファネースと関わりを持った事により、人魚の中でもお金が普及していますから」
「それと、魔道具にも興味があるようですじゃ。特に転移魔石や魔核なんかはあれば便利じゃと言っておりましたわい」
日頃から人魚と交流がある東商店街の代表をしているだけあって、ヘバックは人魚事情について詳しい。
「料理に関するものと魔道具ね? 分かりました。協力に感謝するわ」
勿体無きお言葉―― と、ヘバックが頭を下げるのを見て、俺も慌てて頭を下げる。その様子に魔力収納内にいるバルドゥインが若干不機嫌にはなったが我慢してくれ。
取り合えず今日はここでお開きとなり、俺はゲイリッヒが待つ馬車に乗り込み家路につく。馬車の中に入ると、魔力収納で俺達の話をじっと聞いていたエレミアが姿を現す。
「裏ギルド―― ね。盗賊と何が違うの? 」
「彼等はあくまでも仕事としてそういう事をしているんだよ。裏ギルドが問題ではなくて、そんなものが成り立つくらいに需要がある方が問題だよね。誰しも邪魔な奴にはいなくなって欲しいと思い、盗んででも手に入れたいものだってある。なまじそれを叶えてしまえる力があり、依頼できる財力がある者達がいる。人間の世界ってのは、単純に善か悪かの二択で決められるものではないからね。時には汚れ仕事も必要だって事もある」
「ふぅん…… ほんと、人間って面倒な考えを持つのね? まぁ別に理解したいとも思わないけど」
ぶっきらぼうではあるけど、確かにエレミアの言う通り面倒だよね。でもさ、そういう多様性があるからこそ、人間の文化は発展し続けるんだと思う。例えシャロットと俺がこの世界に生まれいなくとも、文明の発展は緩やかだけど止まる事はなかっただろう。俺とシャロットという異物がインファネースの発展速度を上げてしまっているが、遅かれ早かれ何れは辿り着いたであろう結果だ。こればかりは永き時を生き、世界を維持する為にいる他種族が理解するのは難しいだろうな。
人間と他種族の間には決して分かり合えない隔たりがあるのを感じたが、それは人間同士でも言える事なので大した事ではない。理解なんかしてもしなくても、お互いに尊重し共に生きていける。その事を今のインファネースが証明しているのだから、別段寂しいとは思わない。
歩道で種族関係なく笑いあっている人達が歩く光景を、馬車の窓から眺めてはそっと頬が緩んだ。