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この日の昼、俺はエレミアと暇そうにしていたアンネを連れて人魚の店へと訪れた。
あんな騒ぎを起こされ、さぞ困っている事だろうと心配になり、様子を見に来たのだが……
「あっ!? いらっしゃいませ!! 今、注文を取ってるから少し待っててね! 」
ヒュリピアの忙しそうな声が聞こえ辺りを見回せば、いつも以上に盛況なご様子。これはいったい?
「ライルさん、こっちですわ! 」
呼ばれて声がした方に目を向ければ、なんと領主とシャロットが席について食事をしていた。食べているのは今騒がしている生魚料理である。
「グフ、ライル君達もここで食事かね? ご覧の通り、今は満席でな。良ければ一緒にどうであるか? 」
「それは助かります。喜んでご相伴いたします」
席についたところへ、ヒュリピアが水を運んで来たので、海鮮丼を注文する。アンネは寿司でエレミアはフライ定食だ。
さて、料理が来る間にこの状況を聞いておこう。
「良からぬ噂があり、人魚達が困っていると聞いたのですが、変わらず繁盛しているようですね」
俺の疑問に、シャロットと領主は笑顔を浮かべる。
「ライルさん、よく周りを見て下さい。何か気付きません? 」
うん? シャロットの言われたように辺りをよく観察する。
「…… 何か客層が普段よりも違う? 」
「それだけじゃないわ。皆生魚料理を頼んでいる」
あっ、ほんとだ。ガタイの良い男達が挙って刺身や寿司、海鮮丼やサーモンのカルパッチョなど、生の魚を使った料理を美味いと食べている。
敬遠されているんじゃなかったのか? そんな思いが顔に出ていたのか、シャロットはクスリと笑った。
「あの騒動が起きてすぐ、漁師達が人魚達の為に立ち上がったのですわ。人魚達が作る料理に危険なものはないと証明しようと、こうして皆で生魚を食べて、安全性を訴えていますの。当たり前ですが、今日まで体調を崩した者はおりませんわ」
「ブフゥ~、吾輩達も悪質な噂に心を痛め、こうして時折通っておるが、今では人魚達も気を持ち直したようで一安心である。もしこれでインファネースから離れられては非常に困るのでな」
なるほど、此処にいる客の殆どは漁師達なのか。と、ここでヒュリピアが頼んでいた料理を運んでくる。
「ライルとエレミアも心配で来てくれたの? ありがとう! 正直結構へこんでたのよね。姉さん達も気落ちしてさ、リャンシー姉さんなんかずっと悩ましいしか言わなくなって大変だったのよ。でも、漁師さん達と常連さん達が擁護してくれさ。皆して生魚を頼むの。私達が作る料理に危険なんてない! って言ってさ。今まで食べようともしなかったくせにね…… ほんと、人間って分かんないよ」
最後に悪態をつくヒュリピアだったが、その顔はとても嬉しそうだった。
「悪意を持つ人間がいない訳ではありません。ですが、貴女方の味方になってくれる人達もこんなにおりますわ。どうか人間全部を恨まないで下さい」
「ブフ、その通りである。何か困っているなら、吾輩達に頼るがよい」
「うん! やっぱりこの街に来て良かった!! 」
弾ける笑顔を浮かべたヒュリピアは、別の席へと向かって行く。
「この街に来て良かった―― か。その言葉で吾輩も救われた思いである」
「わたくしもですわ、お父様…… 」
領地を治める身としてヒュリピアの何気無い一言が、領主とシャロットの胸に響いたのだろう。去っていく彼女の後ろ姿を感慨深く見詰めていた。
「事情はカラミアおば様から聞いておりますわ。何も出来ないのは悔しいですが、ここは我慢ですわね」
「我輩の愛する街で好き勝手してくれた報いは、必ず受けさせようではないか」
今回の事は二人も相当お怒りのようだ。こんな嫌がらせを考えた奴には同情するね。まぁだからと言って許すつもりはないけど。
「んなことよりライル、あの例のお酒はまだ完成してないの? 花のお酒なんてどんな味がするのか楽しみ! 早く飲ませなさいよ!! 」
「だからまだ納得のいく味になっていないんだって、何回言えば分かるんだよ」
ぶぅ~ぶぅ~と文句を言うアンネに、シャロットが反応を示した。
「花のお酒とは…… もしや花酵母を? 」
「あ、シャロットも知ってたのか。そう、前に飲んだ事があってさ。その味に近付けようと色々と試している最中なんだ」
それは完成が楽しみですわ―― とシャロットも期待してくれている。これは妥協が許されない感じだな。
「仕方ない、ここはデザートワインにすっかな。というわけでライル、あたしがキープしてるボトル出して! 」
「居酒屋じゃないんだから、そんなのないぞ。それに、酒の持ち込みはマナー違反だって前にも言っただろ? 」
「ムムム…… じゃあ、果実酒で我慢してやっか」
変わらない様子のアンネに、シャロットは感心したように息を吐く。
「アンネさんはどんな時も変わりませんわね」
「つーかあんたらが気にしすぎなの! こんな時は楽しく飲んで騒げば、嫌な噂もどっかに飛んでいくってもんよ!! 」
実に妖精らしい考えに、領主は然りと頷いた。
「グフフ、確かにアンネ君の言う事も一理ある…… よし! ここは吾輩の奢りである。優しくも勇敢な海の男達よ! 今日は懐を気にせず存分に飲んで食べていってくれ!! 」
―― オォォオオオ!!! ――
席から立ち上がった領主が声を張り上げて宣言すると、割れんばかりの歓声が店中に響き、反響で窓ガラスがビリビリと揺れる。
「ヒュ~♪ さっすが領主様、太っ腹だね!! うっしゃ! 噂がなんぼのもんじゃい!! そんなもんあたし達で吹き飛ばしてやろうじゃないのさ! とことん騒ぎ倒してやっから、あんたらも遅れずについてこいやぁ!! 」
完全にお祭りモードになったアンネが、客として来ている漁師達を焚き付けて始めたどんちゃん騒ぎは夜まで続いた。
まったく、どうしてアンネが関わるとこうも酒盛りになってしまうのか。だけど、人魚達も楽しそうにしてたから良しとしよう。