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鳥獣人達がどうにか運送業をこなせるようになり、堕天使達もトルニクスの下調べを終え、本格的にトルニクス共和国とリラグンド王国との貿易が始まった。
全ての荷物は、トルニクスの首都にある商工ギルドに一旦届けられ、そこから各領地のギルドへ配送し、ギルド職員が陸路で村や町へと届ける仕組みである。数が少ないので堕天使達には必要最低限の事しか頼んでいない。それでも、リラグンドとトルニクスを何度も往復しなくてはならないので、負担は大きい。
しかし、本来の目的である情報収集の範囲が広がった事により、得られる情報が多くなったのは嬉しい。
リラグンドが連合軍に参加を表明するのなら、その同盟国であるトルニクスも追従する意を見せているらしいと、共和国内に住む人達の間で噂になっているのだとか。だけど、肝心のカーミラに関する情報は未だに得られていない。いったい何処に隠れて何を企んでいるのやら…… そう言えば、リリィが手に入れたインセクトキングの巣穴でレオポルドが持っていた転移石に刻まれている転移座標の解析はどうなったのだろう? 次にクレスから連絡が来た時にでも聞いてみるか。
「うぅぅ…… 」
「ちょっと大丈夫? リタちゃん。久し振りに会えたと思ったら元気ないじゃなぁい? 顔色も悪いわ。ちゃんと寝てるの? 」
久々にリタが店に顔を出すと、テーブルに突っ伏して唸っていた。
「それがですね…… ライルさんが持ってきてくれた布地で作る服はとても評判が良いのは確かなんですが、北商店街に店を構えている同業者からあの布地を何処から仕入れているのかをしつこく聞かれまして…… しかもそれだけじゃなく、今ある布地を全部買い取ろうともするんですよ? 」
「あら、大丈夫なの? 変な事はされなかった? 」
「はい。護衛を雇っているので乱暴な事はされていませんが、ここのところ毎日来るもんだから、お姉ちゃんが怖がっちゃって仕事になりませんよ」
あれま、南商店街の売りになればと独占していたのが裏目に出たか。しかし商人に仕入れ先を聞き出そうなんて、何ともマナーの悪い人だね。北商店街代表であるカラミアはこの事を知っているのか? それとも彼女の指示で?
「へぇ、私達の商店街に喧嘩売ろうっての? もしそれが北商店街の総意なら、商人らしく纏めて買ってやろうじゃない! 」
やべぇ…… デイジーがドンッとテーブルを叩いては立ち上り、ドスの効いた声で物騒な事を口走る。仲の良いリタを困らせる輩が気に入らないようだ。
「ちょっと待って下さい、デイジーさん。彼の独断かも知れませんし、まだ北商店街全体でそうしているとは決まってないですよ」
憤慨するデイジーは、リタに宥められてどうにか落ち着きを取り戻した。
「話が聞こえて来ましたので口を挟みますが、俺からカラミアさんに事の真意を聞いておきます」
「ありがとうございます、ライルさん」
「南商店街の代表だもの、当たり前よね。で、もしカラミアが裏で糸を引いていたら、分かってるわよね? 」
怖いからそう睨まないでほしい。ただでさえ近寄りがたい見た目してんのに、そんなんじゃ誰も寄り付かなくなるぞ?
「デイジーさん。声が低くなってるし、顔…… はあんまし変わっていませんね」
「ちょっとぉ、心配してあげてんのにそれはあんまりなんじゃない? 」
気が抜けたデイジーは何時もの作り声に戻り、へなへなと椅子に座り直す。
とにかく早急にカラミアと連絡を取るべきだな。このままではデイジーが先走って何をするか分かったもんじゃない。
今日のキッカは地下での店番なので、その双子の兄であるシャルルとカウンターを代わり、エレミアと一緒にゲイリッヒが御者を務める馬車に乗って北商店街まで行く。
確かカラミアの店はこの辺だったよな? …… おっ! 見つけた。結構大きい建物だ。店とは言ったが、カラミアがやっているのは前世で言うところのコンサルティング業であり、主に貴族を相手に色々と相談に乗っているらしい。勿論、北商店街代表でもあるから各店舗の経営を手伝う事も忘れずにしている。
扉を開けて先ず目についたのは、広く清潔感漂うロビーと立派なカウンターに、如何にも優秀そうな受付嬢達がピシッとした姿勢で貴族達に応対している光景だった。
不味いな…… かなり場違いな所に来てしまった感じがして萎縮してしまいそうだ。
「ライルも商店街の代表なんだから、そんなの気にせず堂々としていれば良いのよ」
いや、そこは分かってるんだけどさ。どうしても気後れしちゃうよね。
そんな様子に呆れるエレミアは、案内役であろう社員を呼び止めてカラミアとの面会を申し入れた。
「南商店街代表のライル様ですね? 社長との約束はございますか? 」
「いえ、ありませんが…… やはり今から会うのは難しいですか? 」
「そうですね、社長も忙しい身でもありますので…… ですが、代表自ら来られるという事は、緊急な案件でございますね? 今から社長にお伺い致しますので、此方で少々お待ち下さい」
俺とエレミアは言われるままソファーに腰掛けて、カラミアを待つ事にした。中々の柔らかさだが、俺が作ったサンドワームのソファーの方が座り心地が良い。フッ、勝ったな。
内心で勝ち誇る俺を、また変な事考えているでしょ―― と言いたげな目でエレミアに見られ、周囲の貴族と相談に来ている経営者の奇異の視線が突き刺さる中ひたすらに待つ。
ただ待つという行為がここまで苦痛になるとは…… 営業先でも良くこんな視線を受けていたっけ。あまりの懐かしさに涙が出そうだよ。出来れば忘れたままでいたかった。