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サンドレア王国のユリウス陛下と話した後、店の地下深くに置いてある大魔力結晶を通して王妃様とユリウス陛下のマナフォンにお互いの連絡先を登録する。
ついでに全てのマナフォンを遠隔で更新し、メール機能を実装した。
前々からシャロットに、せめてL○NEまでとはいかなくともメールが出来るようにして欲しいとの要望があったので、今回やっとその術式をマナフォンに組み込んだのだ。
メール機能の実装と説明を一斉送信して報せると、そう時間を経たずにシャロットから感謝と喜びを綴った返事がメールで返ってきた。流石に使いこなしているだけあって返信が早いな。
因みに俺はメールより電話で話す方が落ち着く。メールになると、本当にこの文章で大丈夫か、失礼にならないか、変に思われないか、等が頭を駆け巡り不安になって結局簡素で事務的な内容にしかならない。酷い時なんか何を書かれても、了解―― の一言で返していた時期もあったな。だからなのか、マナフォンを作成した時、メール機能の存在を無意識に排除していたのかも知れない。
次にメールで返信が来たのは、以外にもコルタス殿下だった。恐らくシャロットから使い方を教わったのだろう。
これなら突然王都へ帰らなくてはいけなくなった時でも、周囲に気付かれる事なくシャロットとコミュニケーションが取れると書かれていた。どうやらすぐに届く手紙のようなものだと説明されたらしい。というか殿下…… どんだけシャロットと離れたくないんですか? おっ、また殿下からメールが来た。えっと…… 母上がシャロットを独占しているので何か面白い事でも起こしてそちらに気を向けさせて欲しい―― だって?
王妃様は海路の安全確保を模索しておられるので、図らずとも殿下のご要望通りになっている。でも、シャロットの方もクレスに送るゴーレムの量産で忙しいんじゃなかったか? また殿下がお一人で空回りしそうな気がするよ。
まぁ何はともあれ、これで王妃様とユリウス陛下は互いに連絡が取り易くなり、例の計画も早く進められるだろう。
多少肩の重みが減ったのを実感し、アグネーゼを伴い外に出る。今日のエレミアは店番だ。インファネースの中は何処よりも安全だと分かっているからか、こうして時々俺から離れる事がある。
「あの…… 今日はよろしくお願い致します」
緊張している様子で、アグネーゼがペコリと頭を下げる。
「えっと、そんなに固くなる事はないのでは? それに、これはアグネーゼが望んだ事だろ? 」
そう、前々から元気のないアグネーゼを励ます為、それと日頃から魔力収納内にいる皆の食事の世話をしてくれているお礼を考えてはいたのだが、アグネーゼが喜んでくれそうな事がどうしても思い浮かばなかったのでもう直接聞いてみた。そしたら、
「その、お嫌でなければ一日私に付き合っては頂けませんか? 」
と、上目遣いで言われたら断る男なんていないよね?
そんな訳で俺は、アグネーゼと二人でインファネースの街並みを歩いている。
「フフ、ライル様とこうして二人でインファネースを歩いてみたいと思っていたんですよ」
「そう? まぁ厳密に言えば、二人っきりという訳ではないけどね」
あまりに喜んでくれるから、照れ隠しで余計な事を言ってしまった。魔力収納の中で、ギルとアルラウネ達が呆れているのが魔力を通して伝わってくる。
『ライルよ、お前の前世ではこういう時は男が女をリードするのだろ? 初な子供でもあるまいし、大人の余裕を持ったらどうだ? 』
『ギルディエンテ様。忠言を送りたくなる気持ちは分かりますが、ここはアグネーゼ殿の為にぐっと堪え、見守ろうではありませんか! 』
余程暇をもて余しているのか、やいのやいのと魔力収納内が荒れている。そんなに俺とアグネーゼが二人で出掛けるのは珍しいのかね?
「でも本当にこんなんで良かったのか? もっとほら、欲しい物とかないの? 」
「いえ、これで良いんです。これが、良いんですよ。ライル様、先ずは中央広場へ向かいましょう! 」
良かった。アグネーゼは俺に気を遣っている訳ではなく、心から楽しんでいるような眩しい笑顔を浮かべている。春の暖かい日差しも相まって、とても眩しく見えるよ。
何時もより若干テンションが高いアグネーゼと二人で中央広場へ行き、人間の露店と混じってエルフ、ドワーフ、人魚が出している出店や屋台を見つつ、東商店街へと足を運ぶ。
二人で海を見ながら歩き、昼には人魚の店へ行く。今日は流石にエルマン一家とアンネの姿はない。少し遅めの昼食を取った後、またのんびりと歩いて西商店街へ…… そこで噂になってい喫茶店に入って紅茶と菓子を注文すると、何か貰えるんじゃないかと妖精達が群がってきた。
あざと可愛い仕草で群がる妖精達を相手に、アグネーゼは楽しそうに顔を綻ばせる。
そろそろ日も沈み掛け、俺とアグネーゼは家に帰る為、南商店街を歩いていた。
「今日は本当に楽しかったです。ありがとございました」
「いや、こっちも楽しかったよ…… それと、何時もありがとう。アグネーゼには魔力収納内の事を任せっきりになってしまって、申し訳ないとは思うけど、どうしても甘えてしまう」
「いえ、私が好きでしている事ですから…… 」
ここで会話が途切れ、無言の時間が流れる。聞こえてくるのは周囲の雑多な声だけ。
何を思っているのか、アグネーゼは真剣な眼差しで前を向き歩いている。そんな横顔を何気無く見詰めていると、不意にアグネーゼが立ち止まり、少し追い越してしまった俺も止まって軽く振り向いた。
「どうした? 」
「ライル様、私は…… 役に立てていますか? 」
「えっ? そんなの―― 」
先の言葉が続かなかった。アグネーゼの不安と縋るような表情に、軽い気持ちで答えてはいけないと直感的にそう思った俺は、きちんとアグネーゼへと体を向ける。
「実を言うとさ、俺は自分の立場を利用してアグネーゼの自由を縛っているんじゃないかと思う時があるんだ。だから、アグネーゼが何か別にしたい事が出来たなら応援しようと決めている。でも正直、アグネーゼがいなくなったら魔力収納内にいる者達の世話で大変になるし、出来るだけ長く此処にいて欲しいと思う。それくらいアグネーゼは俺にとって必要な存在だよ」
俺の言葉を噛み締めるように目を閉じるアグネーゼが、静かに口を開いた。
「…… この様に気を遣って頂き、そして私の問いにも真剣に答えて下さり、ありがとうございます。私の役目はライル様の補佐をすること。それが使命であり生き甲斐でもあります。これ以上の望む事などありはしません。ライル様の為に尽力致す次第でございます。ですから、これからもどうかよろしくお願い致します」
そう言って下げた頭を上げた時には、何時もの穏やかな表情に戻っていた。
アグネーゼの不安が解消されたのかは分からない。でも、隣で満足そうに歩く彼女を見て、今はそれで良いかと共に家に帰った。