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王妃様が頻繁に転移門を利用してトルニクス共和国の元首と密会していたのは、俺と商工ギルドが提携して行っている運送業の既存事業拡大を狙っての事だったのか。
しかし、他国まで拡げるとなると今の堕天使達の人数では難しい。いや、彼等ならやってくれと言われれば無理をしてでもやってのけるだろう。だが、うちはブラック企業じゃないんでね。しっかりと休みは入れる必要はある。
とまぁ色々と言ったけど、要は人手不足で困ってるからどうにか出来ないかという話だ。
単純だけど簡単ではない。そもそも三十名ばかりでリラグンド全土を飛び回るなんて普通なら無理な事だった。それを堕天使の改造された肉体のポテンシャルがあってこその運送業であり、これ以上の無理はさせられない状況である。
なら働き手を追加すれば良いだけなのだが、さっきも言ったけど簡単な話じゃない。事務や受付を募集するのではなく、運搬が出来る人物を探して雇わなければならないのだ。それは即ち、堕天使のように空を自由に飛べる者でないと務まらない。
第一候補は天使達なのだが、これも前に言ったように追放処分にした堕天使達と一緒に働いてくれるとは思えない。他の候補に思い浮かぶのは妖精達なんだけど…… 絶対真面目に仕事しないのは分かりきっている。
それ以外となると心当たりがない。そんな時こそ人材派遣のスペシャリストに頼るべく、俺はエレミアを連れて奴隷商店へと足を運んだ。
「なるほど、事業拡大の為の人手が欲しいと…… 最低条件は空を飛べる事、ですか。天使と妖精以外となれば…… 鳥獣人などは如何でしょうか? 」
奴隷商を訪れた俺達に、偶々そこに居合わせた店長のバルトロ・フレイデックが笑顔で対応をしてくれ、今は別室にて相談に乗ってもらっている。
「鳥獣人? それらしい獣人はインファネースどころか他の国でも見たことはありませんでしたが、どういった人達なのですか? 」
「彼等は山奥に住んでおり、あまり人里へは下りて来ませんからね。ライルさんが知らないのも無理はありません。両腕が鳥の羽になっていまして、ご要望通り空を飛べるのですが…… それ以外に出来る事がなく頭も良いとは言えず、記憶力もそれほどでは…… 」
おや? あのバルトロが言葉を詰まらせるなんて、余程酷いのだろうね。
「それは、仕事をするうえで致命的なのでは? 」
「はい、まったくその通りでして…… たまに出稼ぎか何かで奴隷にしてくれと店の門を叩くのですが、まともな仕事も務まらず、私達奴隷商ももて余しています。ですが、方向感覚に優れておりまして、一度決めた飛行経路はすぐに覚えて忘れません。ライルさんのお求めになられている人材に該当するのではとご提案させて戴きました」
それなら、数さえ揃えればリラグンド国内はその鳥獣人に担当してもらって、トルニクスへは堕天使達に任せられるな。
「今ここにいる鳥獣人達はどのくらいいるのですか? 」
「ここにおりますのは三名だけです。他の奴隷商にも連絡を入れれば集める事は可能かと思われますが、魔物が狂暴となっている状況なので多少お時間が掛かります」
まぁすぐに何とかしろとは王妃様も言ってなかったし、大丈夫だろう。
「それじゃ、全員雇いますので、出来るだけ多く集めてくれると助かります」
「ありがとうございます。なるべく早急に集めさせますので、暫くお待ち下さい」
お互いに挨拶を交わし店から出た俺とエレミアは、丁度お昼時なので人魚の料理店で昼食をとる事にした。
「いらっしゃいませ! あっ、エレミアとライル! 今日は二人なの? 」
店の扉を開ければチリンという鈴の音とヒュリピアの元気のいい声に迎えられる。
さてと、店内はお昼時もあってほぼ満席状態だ。相変わらず繁盛しているようで羨ましいよ。
「あれ? お~い、ライル! あんたもここでご飯食べんの? 」
不意に声を掛けられその方向を向けば、テーブル席にアンネとエルマン一家が座っていた。
テーブル席は四人掛けとなっているが、その内の二人はアンネとソフィアなので少し詰めれば俺とエレミアが座れる空きは出来るな。そんな訳でせっかくだからと相席する事にした。
俺とエルマンが隣同士で座り、対面には真ん中をソフィア、その両隣に母親のイレーネとエレミアが座っている。そしてソフィアの前にはアンネがテーブルの上で胡座をかいていた。
「ライルさん達も外食ですか? 珍しいですね」
「えぇ、まぁ…… 奴隷商に寄った帰りでして。エルマンさんはここへは良く? 」
「いえ、今日が初めてです。アンネさんから人魚が経営する料理店があるのお聞きしまして、こうして妻と娘を連れて来たのですよ」
そう言ってエルマンはイレーネとソフィアに向き直り、嬉しそうに目を細めた。
エルマンの娘であるソフィアは久し振りにアンネとエレミアの二人と一緒に食事が出来てご機嫌なのか、ニコニコと常に笑顔だ。
トルニクスのエルマン邸にある転移門を通じてインファネースに遊びに来るソフィアだが、毎日という訳でもないし食事時には帰らなくてはならない。何時でも会えるからと言っても寂しかったのだろう。
「奴隷商に寄っていたと言っていましたが、店員でも増やすおつもりで? 」
「いや、私の店ではなく運送業の方で…… 」
エルマンもインファネースでやっている運送業をトルニクスまで拡大するのを知っていたのか、俺のその短い言葉だけで察してくれたようだった。
「なるほど。それはさぞかし苦労している事でしょうね。私に出来る事があれば何かお力になりたいのですが」
それならばと俺は、エルマンに仕事を探している鳥獣人の知り合いはいないか尋ねてみれば、最近トルニクスでは活発化した魔物に住処を追われて行き場を失った鳥獣人達が大勢で奴隷登録をしているらしい。
「彼等をここへお連れしてくれば宜しいのですね? 」
「はい、お手数おかけして申し訳ありませんが、お願い致します」
「いえいえ、知り合いの奴隷商もこんなに沢山どうしたらと困っていましたので、喜びますよ」
まさに渡りに船とはこの事だね。解決の目処が立ち、ホッとした俺はヒュリピアが運んで来た寿司を食べる。
「話には聞いていましたが…… 本当に生で魚を食べるのですね」
「私は未だに無理だわ」
「おにいちゃん、ぽんぽん痛くならないの? 」
いや、皆してそんな目で見ないでくれるかな? 食べづらいんですけど?
「生魚の良さが分からないなんて、アンタ達もまだまだだね。あっ、ヒュリピア! こっちに刺身の盛り合わせ追加ね!! 」
アンネのこういう図太さが、今は頼もしく思うよ。