2
「すいません、これお願いします」
一人の客がカウンターに商品を置く。
「はい、ありがとうございます。ポイントカードはお持ちでしょうか? 」
「ポイント? いや、持ってないけど…… なにそれ? 」
不思議がる客に俺は丁寧にポイントカードの事を説明する。もう何度目か分からない程してきたので、今ではすらすらと噛まずに言えるよ。
「へぇ…… 面白そうだし、無料なら貰おうかな? 」
「ありがとうございます。今お買い上げ分のポイントを追加させて戴きますね。ポイントの使用は南商店街のみとなっておりますのでご注意下さい。またのお越しをお待ちしております」
定型文を言い終えて客を見送る俺を、店の隅にあるテーブルで紅茶を飲んでいるデイジーとリタ、そしてシュタット王国から戻ってきたレイチェルが感心した様子で眺めていた。
「随分とこなれてきたわねぇ」
「でも、何だか作業感が否めません。まぁ何度も同じ言葉を繰り返していたら仕方ないかも知れないけど…… 」
「無駄なやり取りを省いて効率的にポイントカードを勧める兄様…… 素敵だわ…… 」
まったく、好き勝手言ってくれるね。監視されているようでやりづらいったらありゃしない。何時まで休憩しているつもりなのか、いい加減仕事に戻りなさいよ。
ポイントカードを配り始めて一週間。少しずつだけどカードを持つ人達は増えてきている。口コミで拡がったのか、今では西地区と東地区からもちらほらとこの商店街に足を延ばしてくれる人が出てきた。
「デイジーさん、リタさん。店にあるポイントカードは足りていますか? 」
「はい、今のところ大丈夫ですよ。最初はどうなるかと不安でしたが、普段来ないような人が店に訪ねて来るのは新鮮で面白いですね! 」
「私も大丈夫よぉ。でもさぁ、その分問題も多く起こりそうじゃない? 私は文句言ってきた奴は問答無用で黙らせるけど、リタちゃんのところは女性だけでしょ? 心配だわぁ」
デイジーの言う通り、客層が広がるという事はトラブルも増えるって事だ。
「大丈夫ですよ! 頼りになる護衛も雇いましたし、接客には自信もありますから」
元気良く言い切るリタにデイジーと俺はホッと胸を撫で下ろす。
この作戦が上手くいくかどうかは、まだ始まったばかりなので分からない。暫くは様子見だな。
それから更に数日が経過した頃、遂にポイントカードの事が他の代表達の耳に入ったらしく、今日は朝から大変だった。
「ちょっと! これは一体どういう事よ!? アタシの商店街から客が流れて行っているようだから調べてみれば…… ポイントカードって何なの? 」
興奮気味に捲し立てる西商店街の代表であるティリアに説明して、どうにか納得させて帰ってもらったら……
「お前さん、何やら中々愉快な事をしておるようじゃのぅ」
今度は東商店街代表のへバックが、そして昼には、
「今度は何を始めたのかしら? まぁ私の商店街には影響がないみたいだから良いのだけれど、気になるじゃない? 」
北商店街代表のカラミアまで店に来てしまった。何だよ、三人して同じ日に来なくても良いのに、嫌がらせですか?
しかもヘバックは東商店街と共同で行わないかと言ってきた。そんなことしたら石槨集めた客を殆ど奪われ、こっちはポイントの消費目的だけになってしまうのは目に見えているので丁寧にお断りした。油断も隙もない爺さんだな。
「あの、これを…… 」
「はい、ありがとうございます。ポイントカードはお持ちですか? 」
そう尋ねるとお客は商品と一緒にポイントカードをカウンターに置いたので、俺は魔力で操る義手を使ってカードをレジスターの溝に差し込む。するとモニターにはカードに記録された内容が表示される。
「ほぉ、そういう仕組みになっとるんじゃの」
「この数字はこれまで貯めたポイントよね? じゃあ、その下に表示されているのはなにかしら? 」
「たぶん、過去に追加されたポイントじゃないか? 」
…… 非常にやりづらい。
代表達が揃って俺の後ろからレジスターを覗き込んでくる。何だよ、あんたら先日納得して帰ったんじゃなかったのか?
今日も示し合わせたかのように同じ日に店へ来ては遠慮なくジロジロと観察を始めた。
はぁ…… 俺は心の中でそれはもう深い溜め息を吐き、ありがとうございましたと客は見送り、代表達に説明をする。
「え~…… 先程ご覧に頂いたように、ポイントカードをこの溝に差し込むとカードに刻まれている情報をこのモニターへと写し出します。皆さんの予想通り、一番上に表示されている数字はこれまで貯めたポイントの総数で、その下に表示されているのは過去一月分の履歴となります。左に表示されている五桁の数字はレジスターのロット番号となっており、間を挟んで表示されているのはその時のポイント増減を示しています。尚、ポイントを貯めたままにならないよう、使用期限は最初にポイントを入れてから一年と定め、またゼロから貯めて頂く仕組みです」
「ふむ。これなら何処の店で何れだけ金を使ったのか丸分かりじゃな。不正対策も兼ねた監視と言った所かの? 」
一瞬、ヘバックの目がギラリと鋭く光った気がした。確かに不正対策としてこういう風にしたが、監視とまでは…… ね? ただ、客がどれだけ南商店街を利用してきたか分かれば便利かなと思っただけで、これと言って深い意味はない。
「へぇ、良いじゃないか。これで統計を取れば、ある程度の傾向が分かるんじゃないのか? アタシ達商人にとっては情報は金よりも重いからな」
それもポイントカードの利点ではある。この世界にはプライバシー保護法なんてないから、取れる情報は取っておかないとね。
「で? これを他の商店街には広めるつもりはないのよね? 」
「はい。今はまだ南商店街だけにするつもりです。これが上手くいったなら、いずれは全商店街で普及出来ればとは思っています。その時は無料配布ではなく会員制にして年会費でも取ろうかと。会員特典として千リラン以上のお買い上げには五%の割り引きにするとかどうでしょう? 」
「成る程のぉ…… その集めた会費は儂等で管理する訳じゃな? 」
「いや、それだと後々面倒になる。アタシ達よりも領主様に管理して貰うのはどう? その金で商店街をより良くしてくれるだろうさ」
「各商店の補填金にもなるわね。ま、私の商店街には必要ないかも知れないけど、面白そうだから協力しても良いわよ? 」
う~ん…… 自分から提案しておいて何だけど、話が大きくなってきたな。取り合えず今は南商店街に集中しないと。新規の顧客を掴んで、集客率を上げ、他の商店街との差別化と売り上げアップが優先だから、代表達が話し合っている事が実現する日はまだ当分先になるだろうね。
それはともかく、いい加減カウンターから出ていってくれませんかね? 営業妨害ですよ?