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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【幕間】
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悩める人魚、リャンシー

 

 悩ましい…… あぁ、とても悩ましい。


 朝から調理場に立ち他の姉妹達と朝食の準備をしている私は、今日も一人で苦悶する。


 私をこんなに悩ます原因は沢山あるけど、その最たるものはなんと言っても人間達との交流を再開した事にある。


 それが悪いとは言わないわ。陸から距離を置く前から女王様と共にいた私だから、再び陸との関わりが持てる事をとても嬉しく思う反面、また人間達と諍いが起きてしまったらと不安にもなる。あの頃を知っている分、余計にそう思ってしまう。


 昔は私達も普通に料理をして温かい食事をしていた。だけど、人間達と離れてからは火を起こすのも一苦労で、調味料だって塩しかない。メガロシャークから油は取れるから、魚を素揚げして塩を振り掛け食べてみたりもしたが、何とも味気ないものだった。


 そうやって最初は色々と誤魔化しながらどうにか料理らしい事をしてきたけど、一向に改善が見込めない結果に一人、また一人と諦め、何時しか料理をする者はいなくなり、数百年も絶てば、誰一人温かい食事の味を覚えている者はいなくなった。


 それがここ最近になって料理が出来るようになったばかりか、前よりも充実した設備が備わり、昔では見たこともない新しい調味料と料理法に出会えて、当時を知る私達と料理の知らない新しく生まれた子達は驚きと感動にうち震えた。


 その素晴らしいものを与えてくれたのが、新しき調停者のライル君だ。


 彼との出会いが、私達人魚の暮らしに大きな変化を与えてくれた。久方振りの温かい食事は、遥か昔を思い出す程に身と心に染み渡る。


 もう二度と失いたくない、しかし永遠なんてものはないと私達は知っているから…… だから、こんなにも悩ましい。


 女王様と皆で朝食を取り、急いでインファネースという人間の街へ向かう準備をする。


 これも初めての事だけど、なんと私達が人間の街で料理屋をする事になった。これまでしたくても出来なかった料理が可能になり、私達の抑えていた興味と好奇心が一気に爆発して誰もが自制を失い没頭した結果、調理場を作ってくれたライル君がドン引きするぐらいに料理の腕が上がり、祭りで出した屋台の料理に人間、ドワーフ、エルフ、天使、妖精、種族問わず皆が美味しいと喜ぶ姿は、私達の新しい誇りとなった。


 そんな私達に、人間の街で料理屋をしないかと提案されれば、断る事などありえない。


 最初は人魚の店という興味で寄ってくれる人達が、私達の魚料理を食べて驚き、何度も通ってくれるのが嬉しかった。もっと…… もっと美味しいものを、もっと珍しいものをと、更に夢中になっていく。


 最近では祭りで披露した妖精達との歌が切っ掛けに、歌う事にのめり込んでいく者達もいる。近くの岩礁で妖精達と一緒になって作詞、作曲もしているらしい。


 昔から私達は歌うが好きだったけど、妖精達が持ってきた歌は私達の知るそれとは全く違っていて、沢山の音が織り成す新しい歌…… 音楽と出会った。


 はぁ、悩ましい。料理に音楽と、少し前では考えられなかった充実した毎日。忙しくて、楽しくて、時間が足りないと思える日がくるなんて―― ね。



「リャンシー姉さん、そろそろ行きましょうよ! 」


 部屋の出入り口前でヒュリピアが早くと私を急かしてくる。この子もまた私にとって悩みの種だわ。


 私達人魚は全て女王様から生まれる。故に私達は女王様を母とした大きな家族と言えるわね。まぁここ数百年位、女王様は子供を生んではいないけど。


 その中で、このヒュリピアは一番下の妹になる。もう三百年以上は生きているというのに、まだまだ好奇心旺盛な子。一緒に生まれた子は随分と落ち着いて来たのに、どうしてこの子だけこうなのかしら? 私達の育て方がどこかおかしかった? 悩ましいわ。


「もう…… また変な事で悩んでるの? そんなのより早く! 」


 ヒュリピアは私の手を引いて洞窟の外で待っている姉妹達の下へと進んでいく。


 人間に二度も捕まってしまうような子だけど、思えばそれが私達の暮らしをここまで変える要因になったのよね。


 一度目はライル君に捕まり、私達に料理が出来る環境を整えてくれた。二度目は漁師に捕まり、人間達と交流する事になった。


 この子の人間への飽く無き好奇心が、今の人魚と人間の関係を築く切っ掛けになってくれた。でも、あくまでもそれは結果論であり、下手したら命を失っていたかも知れないし、これから先そうならないとも限らない。私は知っているの…… 人間というのは、貴女が出会って来た者達だけではなく、悪意に満ちた者もいる。そんな人達に騙されないか心配だわ…… どんなに注意をしようとも大丈夫というだけで、ちっとも分かってくれない。悩ましいわ。



 ライル君から貰ったマジックバッグに今日の食材を詰めて、ジッパーを閉めて海水が入らないようにする。マジックバッグに使われている素材のシーサーペントの皮は、高い耐水性があるので基本海の中を移動する私達にとってはとても使いやすい。


 途中にある孤島に転移門があるけど、あれはライル君の店の地下にある市場へと行く為に使用するので、人間の街へは泳いでの移動となる。まぁ私達ならそんなに時間を掛けずとも行けるので大した問題にはならないけど。


 漁師達が行き交う港を出て、東商店街にある店に着いた私達は休む間もなく仕込みと掃除をする。


 私達人魚は、乾燥しないよう薄い粘膜を体に張っている。その為、調理には向かないと思われがちだけど、石鹸で洗い落とせば問題はない。例え洗った手が乾燥し始めたとしても、すぐに水で濡らす事で回避できる。これなら石槨作った料理が粘膜でベタベタになったりはしないわ。


 お昼前には仕込みを完了させて店を開くと、既に入り口で待ってくれていた客が入ってくる。


「いらっしゃいませ!! 」


 ヒュリピアの威勢が良い声が店内に響く。元気一杯のヒュリピアは客からの評判が良く、この店の看板娘として人気がある。


 店の売り上げも順調で、今のところ赤字になった事はないけど、私には不満に思っている事があるの。それは…… 生魚を頼む人が極僅かだという点よ。


 確かに、人間は生の魚に抵抗があるのは分かる。だけど、私達の食文化が否定されているようで納得はしていないわ。


 たまに来る領主やその娘が美味しそうに刺し身と寿司を食べてくれているお陰で、本当に少しずつだけど生魚を頼む人が増えてはいるが、今も罰か何かで嫌々食べる人はいる。まったく、失礼しちゃうわね。ご飯の上に刺し身を乗せていく海鮮丼を、ご飯が真っ黒になるぐらい醤油を掛ける人もいる。いくらお米に味が無いからって、それじゃ魚の味も分からなくなるんじゃないの? どうしたら多くの人に生魚の良さを伝えられるのかしら? これも悩ましいところね。



「あっ! ジパングの商人さん! いらっしゃいませ!! 」


「ははっ、今日も元気一杯ですな」


 あの人は…… ジパングから来ているスズキという名前の人間だったわね。


「どうも、ご無沙汰してます。お寿司の並みをお願いします」


 ジパングの人達は独自の食文化を持っているので、店で抵抗なく生の魚料理を頼んでくれる数少ないお客の一人。


 私は注文通りに寿司を握って、カウンター席に座っているスズキさんの前に出す。


「…… うん。この短期間でここまで仕上げるとは、人魚の実力は計り知れないですな。ジパングでも、これだけの寿司を握れるのには何年も修行をしなければなりませんのに、いや大したものです」


 白身魚の握りを一つ食べては、その出来にスズキさんは感服したように唸る。


「いえ、これもジパングの皆さんが私達に握り方を教えてくれたお陰です」


「はは、ただ言葉で教えただけでここまでされては、職人の面目がありせんな」


 寿司というもの自体はライル君から教えて貰ったけど、肝心の作り方が分からず、魔力念話で寿司を作る様子を映像で見せて貰っただけで、細かい事は聞いても答えられずにいた。そこで助けを求めたのが、インファネースへ交易にくるジパングの商人達である。


 先ず商人に、ジパングにいる寿司職人に作り方を細かく聞いてくれるように頼んだ。


 職人も普通は作り方なんかは弟子以外に教えたりはしないけど、相手が人魚だと説明すると態度が一変して、面白いと快く教えてくれたみたい。


 他にも商人の皆さんには、お酒や各種調味料、それと山葵なんかも譲って貰らい、その代わりに人魚の何名かで魔王の影響で荒れた海を通る為の護衛をしている。


「いやぁ、海の魔物達が驚く程活発になってしまい、インファネースまで行けずに困っていましたので、本当に人魚さん方には何時も助けて頂いております」


 これでまた極貧生活に戻らなくて済みますと、薄くなっている頭部に手を当ててスズキさんは笑うので、私も曖昧に笑い返しては次の料理に取り掛かった。





 最近、南商店街でライル君とその街の店主達が集まって何かしているとの噂があると、ここに来た客が話しているのを聞いたので、それを東商店街の代表であるヘバックさんにそれとなく伝えると、何やら難しい顔して考え込んでしまった。


 私達も一応は東商店街で店を開いている訳だし、何か力になれる事はありませんかと言ったら、


「いや、これは儂ら人間の都合なのでな。人魚さんに迷惑はかけられんて。じゃが、同じ商店街の仲間だと思ってくれておるのは素直に嬉しい事じゃよ。もしかしたら、力を貸してもらうよう頼むかも知れんが強制ではない。嫌じゃったら、遠慮なく断ってくれても構わんよ。それでこの商店街から追い出したりはせんからな」


 と、優しく気遣ってくれる姿に、私はちょっと後ろめたさを感じてしまう。積極的に東商店街に協力するべきか、それともライル君の邪魔をしないよう大人しくするべきか、とても悩ましい。


「あの…… リャンシーさんが明後日の方を見て動かなくなったのですが、大丈夫なんですか? 」


「あぁ…… いつもの事だから気にしなくても良いよ。リャンシー姉さんは悩むのが癖と言うか、趣味みたいなものだからさ」


 すぐ側でヒュリピアとスズキさんが何やらこそこそと話しているけど、丸聞こえよ。


 まったく、悩みの少ない人はこれだから…… 私が年長者としてしっかりと人魚の行く末を考えておかないと駄目ね。


 海の管理に加えて料理に歌、お店の事もある。暮らしが豊かになったのは喜ばしい事だけど、悩みが増えてしまって大変だわ。


 あぁ…… 悩みが尽きないのが、とても悩ましい。

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