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「エルマンさん、これまで本当にお世話になりました。そしてこれからも良き取り引き相手として、よろしくお願い致します」
翌朝。俺達はエルマン邸の玄関前でお礼を述べる。
「いえいえ、此方もライル君には助けて貰いました。これからも良い関係でありたいものです」
何もこれでお別れという訳ではなく、邸の地下にある転移門を通じて何時でも取り引きが出来る。トルニクス共和国とリラグンド王国との同盟は、両国共に意義のあるものになるだろう。これを機に周辺国とも協力して魔王の脅威に立ち向かう方向に行ければと思っている。
「アンネちゃん…… ほんとうに、バイバイするの? 」
「ほらほら、なに辛気くさい顔してんのよ? ソフィアちゃんの可愛いお顔が台無しだぞ? 別にもう二度と会えなくなる訳じゃないんだからさ。これからも時間がある時は遊びに行くし、ソフィアちゃんも気軽にこっちへ来ればいいよ! 」
「……うん。でも、さびしい」
泣きそうなソフィアを慰めるようにアンネは小さな手で優しく頭を撫でる。何時でも会えるとは言え、一緒に暮らしていたアンネがいなくなる事実に、寂しさを覚えるのは仕方ない。ましてはソフィアはまだ六才、頭では分かっていても心は納得していないのだろう。それでも涙を見せまいと懸命に堪えてある姿は胸にくるものがあるね。
各々にお礼と別れを告げ、俺達は馬車に乗って首都を後にした。
十分に首都から離れた所でアンネの精霊魔法でインファネースの近くまで戻り、そこから門を通って中へと入る。おかえりと門番の出迎えを受けて、俺はやっと帰ってこれたという実感が持てた。
また何時もの日常が始まる―― なんて事はなく、何時もより少し忙しくなりそうだ。
「ふぅん? その店主達を集めて何を話し合うって言うのぉ? 」
「そうですね、皆でどんな商店街にしたいかとか、何を求めているかとか、何が足りないとか、こういうのが欲しいとか、とにかく南商店街が一丸となって何か催事でも出来れば今より更に人が集まるのではと考えいるのですが…… 結局は俺一人が勝手にそう思っているだけで、皆さんの考えが聞きたいんです。南商店街の代表と言っても、新参者には変わりありません。本当ならもっと早くに会合を開いて皆さんの意見や考えを聞く必要があったのに…… 今まで何も相談せず自分勝手に動いて申し訳ないと謝りたくもあります」
店で紅茶を飲みに来ていた薬屋のデイジーと服飾屋のリタが、突然反省の意を表する俺に目を丸くした。
「いえね、別に貴方が謝る事はないんじゃない? 逆に街の為に色々と尽くしてくれて感謝していると思うけど…… ほら、私もシャンプーやリンスの調合法も教えて貰ったし、リタちゃんも天使からシルク生地を安く仕入れられるのは、ひとえに貴方の紹介があったからでしょ? 」
「そうですよ。シルクなんて高級な布を扱えてお姉ちゃんも喜んでいます。ライルさんが頑張っていたのは皆さんも知っていますし、誰も不満に思ってはいませんよ」
二人はそう言ってくれるが、一度ちゃんと集まって話し合い、お互いの意見を交換した方が良いのではないかという俺の意見に最後には賛同してくれた。
「お手数を掛けますが、よろしくお願いします」
「はい! 他の店の店主達にここでの話を伝えて、予定を聞けば良いんですね? 任せて下さい! 」
「まぁ、どれだけ集まれるかは分からないけど、やるだけやってみるわ」
勿論俺の方からでもアプローチはしてみるが、デイジーとリタは長くこの南商店街で店を構えている分、話を聞いてくれる可能性もある。後で鍛冶屋のガンテにもこの話を持っていくつもりだ。
よく店に来る三人が他の店主達に俺の考えを伝えている間に、此方は会合場所を用意しなくてはならない。気軽に店主達が集まれる集会所のような物になればとの思いを込めて、商工ギルドから土地を購入してそこに魔力支配の力を駆使して平屋を建てる。一見和風だが、靴のままで上がれるよう床はフローリングにしてある。
何もただ集まって意見交換をしたいだけが目的ではない。これから俺がしようとしてる事は、どうしても他の店の協力が不可欠なのだ。それも多ければ多い程良い。
エルマンに指摘されて気付いた―― いや、思い出したと言えばいいか。俺は商人としてド素人だけど、この南商店街を盛り上げると約束して代表になった。でもそれは俺一人で何でも決めて良い訳ではなく、不満や不平を感じている店主がいるかも知れない。そんな人達の意見こそ率先して聞いて来なければならなかったのに、俺はそれを怠ってきた。その結果がエルマンから言われた纏りがない個人事業の集りになってしまったんだ。
以前と比べて余裕が出てきたからこそ、また集まって話し合う必要がある。他の商店街と並び立てるよう現状で満足せずに、ここでもう一つ上を目指さないと。
まだまだ頼りないからこそ、俺は遠慮なく周りに頼らせて貰うよ。そして他の代表達とこのインファネースを戦争の被害から守りたい。
危なくなったら母さん達を連れて逃げれば良いなんて考えられないくらい、俺はこのインファネースが好きになっていたんだと改めて気付かされて、思わず完成した集会所を前に苦笑してしまった。