終戦への一石 3
この日の夜は、統率の無くなったアンデッドが相手だったので、ゴーレムだけでも難なく対応でき、アラン君には基地へ戻って来て貰い急いで作戦を練り直す必要があった。
僕達の報告を吟味したうえで、あのミノタウロスを倒す事を優先とし、兵士や冒険者は魔物の侵攻を防ぎ、僕とアラン君、アロルドの勇者候補三人で一気に中央まで攻める事になった。
「んで、俺様とバルドゥインはお前達の行く道を開く為に、魔物の群れに突っ込めってか? 」
朝日が昇る戦場にて、決定した作戦の内容を聞いたテオドアが面倒臭そうな顔をする。
「ごめん…… 僕もそれはどうかと反論はしたのだけど、魔物という理由で危険な役目を押し付けてしまう形になってしまった」
「別にいいさ、俺様達も所詮は魔物だからな。捨て駒にされるのは想定済みだ…… 俺様だったら確実にそうする。まぁ、そいつらの言いなりになるつもりはねぇさ。危なくなったら逃げるからよ、それまで思う存分最前線で暴れるとするぜ」
「フン、要は敵のど真ん中で殺戮の限りを尽くせば良いのだろ? どこにも危険は無いし難しくも無い。実に分かりやすいではないか」
朝日に照らされるバルドゥインが機嫌良く口元を歪める姿は、まるで清々しい朝の空気の中に一つ、相反した狂気を表現する一枚の絵画のような神秘さがあった。
「それより、お前達はアンデッドなのに、どうして日の光を浴びても平気なんだ? 」
アラン君の素朴な疑問に、テオドアが鼻で笑う。
「フッ、俺様をそこらのレイスと一緒にすんじゃねぇよ。これでも元アンデッドキングだぜ? 日の光なんざ眩しいだけでどうってことはねぇよ」
「夜にしか動けないヴァンパイアなど、赤子と同じ。光を克服してこそ一人前だ」
そんな二人の答えに、アロルドとアラン君の顔がひきつり、乾いた笑いが口から溢れる。あぁ、分かるよ。僕も初めて聞いた時はどう反応して良いか迷ったものだ。
昨夜、予めグランさんから説明されていたからか、此処に集まった冒険者達はバルドゥインとテオドアを見て多少驚いていたものの、そう慌てる様子は無かった。
逆に兵士達は不安や不満の表情をしている者が多い。彼等は主に人間を相手にしていたので、魔物に関しての偏見が凝り固まっている人が多いのだろう。対して冒険者は魔物を狩るのが仕事であり、様々な魔物を相手にしているから、こういう奴もいるのだと受け入れる者が大半だ。
しかし、兵士達は司令官から聞かされ、冒険者は長年の経験から、今回の戦いはこれ迄とは違うと感じ取っている。その証拠に僕が確認出来る者達から放たれる気迫は昨日とはまるで違う。僕までその気迫に感化され、気分が高揚し勇気が湧いてくる。
地平線から太陽が完全に顔を出す頃、彼方から魔王軍が姿を現す。昨夜の事があったからか、今朝は何時もより遅い出撃だ。だが、向こうも相当頭にきているのか、まだ距離が空いているというのに、突き刺すような殺気がビシビシと伝わってきた。
僕達も、魔王軍も、この戦いで雌雄を決する覚悟を持っている。
「クレス、手筈は分かっているな? 俺達勇者候補三人で、お前が報告したそのミノタウロスを仕留める。奴の所に辿り着けるまで魔力は温存しなくてはならない。当然、聖剣の召喚も無しだ」
「あぁ、分かってるよ」
アロルドの確認に、僕はしっかりと頷く。
「…… 補助は私達に任せて」
「そうね…… クレス達に余計な魔力を使わせないのが、今回のわたし達に与えられた仕事…… 」
「うむ! クレス達は信用し、身を委ねるのだ! 必ずやそのミノタウロスの所まで導いて見せよう!! 」
リリィ、レイチェル、レイシアの三人も気合いは十分。女性に守られるのはどうかと思うが、あのミノタウロス相手では、少しの魔力も無駄には出来ない。情けないけど、他の魔物から守って貰う必要がある。
「三人とも、ありがとう。世話を掛けるね」
魔王軍がだいぶ此方に近付いてきた頃を見計らい、レイチェルが闇魔法で黒い狼を作り出し、僕達は各々狼に跨がり突撃の機会を待つ。
「よっし! そんじゃ、行ってくんぜ!! 」
「協力せよとの御命令なので、お前達人間の指示に従い、道は此方で開いてやる。王の人民として、不様な姿を晒すのは許さんぞ」
テオドアとバルドゥインが作戦通りに敵陣へと飛んで行く。あの二人を突貫させ、魔王軍が混乱を起こし陣形が崩れた所から攻め込み一気にミノタウロスまで駆け抜ける予定だ。
今の僕達は戦いに向かう二人の背を、固唾を飲んで見守るしかない。テオドアはバルドゥインの実力について随分と大袈裟に言っていたが、正直想像がつきにくい。ギルディエンテ、アンネ、ムウナの三人を同時に相手して生き残るのだから、相当なものだとは思うが、実感が湧かないのも事実。
バルドゥインは魔王軍の手前で降り、両手の爪で肩に傷を付けるという自傷行為をする。これには少し驚いたが、バルドゥインはヴァンパイアだからと気を持ち直す。
両肩から止めどなく流れ出る血液が、全身を包んで別の姿へと変貌していく。その姿はまるで物語に出てくる魔王に良く似ている。頭には太く曲がった角が二本、両手両足には刃物のような爪が伸び、蝙蝠に似た大きな翼が生えた赤黒い後ろ姿と、そこから滲み出る絡み付くような殺気に戦慄を覚えた。
ここからでは彼の後ろ姿しか見えないが、きっとあの恐ろしい気配に見合った顔をしている事だろう。見たいような、見たくないような、複雑な気分だよ。
「なんという怪物だ。心底味方で良かったと思うぜ。あんなのとまともにやり合いたくはないな」
「全く、同感だね。しかもあんなのが王と呼ぶ奴もいるんだろ? 世の中ってのは広いな。これで魔王も倒してくれたら良いのに…… 」
アロルドも、僕と同じでバルドゥインの恐ろしさをその身に感じたのか、血の気が引いている。
それとアラン君が思わず溢したように、あれだけの力があるのなら魔王を倒せるのではないかと思ってしまうのは仕方ないけど、残念ながら魔王を倒せるのは人間だけ。他種族や魔物では、傷一つ負わせられないのだと言う。
あれだけの力を持ったバルドゥインでさえも例に漏れず、魔王を倒す事は出来ない。試練だか何だか知らないけど、世界の理というのは本当に厄介なものが多い。
などと少し意識を逸らしていると、魔物達の悲鳴で我に返ったはいいが、また意識が遠退きそうになる。
バルドゥインによるあまりにも一方的な殺戮に、誰もが目を離せずに息を飲む。敵を倒してくれているというのに、そこにあるのは恐怖だけだ。
ライル君…… よくもまぁ、あんなのを受け入れたもんだね。