暴虐の牙 9
リリィの転移魔術で前線基地に張ってある結界外に戻ってきた僕達は、遠目に見える篝火と松明の光に胸を撫で下ろした。
「はぁ…… どうにか五体満足で戻って来れたな。まったく、生きた心地しなかったぜ。あんな目に遭うのは二度と御免だ」
余程安心したのか、グランさんは深く息を吐くと地面に座り込んでしまった。
「僕の迂闊な行動で、皆を危険に晒してしまいました。本当に申し訳ありません」
あの時、もっと調べようとはせず早く帰っていれば、あの異質なミノタウロスに気付かれる事も無かっただろう。僕は三人に向かって謝罪の言葉と共に深々と頭を下げる。
「…… クレス、頭を上げて。…… 貴方に全ての責任がある訳ではない。…… すぐに戻ろうと言わなかった私も悪い」
「リリィの言う通りよ…… これでもわたしは伯爵家の令嬢なの…… 誰かに責任を押し付けたりはしないわ…… 」
「あぁ、俺だって別に責めている訳じゃないぜ? 冒険者やってるからには、こういった危機は何時来てもおかしくはないからな。ただ、今こうして生きてる事を口に出して実感したかっただけなんだ。悪かったな」
下げた頭越しから三人の気遣う声が聞こえ、幾分か心が救われる思いだった。腑甲斐無さと感謝で潤みそうになる目を何とか抑え、顔を上げてお礼を言う。
「さてと、じゃあそろそろ話してくれるよな? あのヴァンパイアとレイスは何なんだ? 」
あっ、まだこれで一件落着とはいかないようで、むしろここからが本番だったな。どう説明しようかと口を噤んでいると、何を勘違いしたのか、グランさんは立ち上って警戒した目を向けてくる。
「まさかとは思うけど…… 魔物側の人間って訳じゃねぇよな? この一連の流れも全部計画されていたとか? 」
「いえ、それだけは神に誓って無いと断言出来ます。その逆で、彼等が人間側の魔物という認識で良いかと」
「だよなぁ…… 光の勇者候補が魔物と共謀している訳ないよな。でもよ、じゃあその人間側の魔物ってのは、あのヴァンパイアとレイスの二人だけなのか? 」
どうしよう…… いったい何処まで話して良いのか。あまり詳しく説明してしまうと、ライル君の事まで打ち明けなければならなくなる。そこまでグランさんを信用しているかと問われれば、難しいところだ。
「ふぅ、なんか話せない事情がありそうだな。まぁ無理に聞き出そうとは思わないが、これだけはハッキリとさせたい。アイツらは敵じゃないんだよな? 他の人間に害を加える危険性はないと言えるんだよな? 」
「はい、それは大丈夫です」
僕の知らないヴァンパイアだったけど、テオドアが一緒だったんだ。きっとライル君の新しい仲間なのだろう。だとしたら、不必要に人間を傷付ける事はしない筈だ。
キッパリと言いきる僕に、グランさんは警戒を解除して安堵の息を吐く。
結局、肝心なところは何も説明出来ずに心苦しく思っていると、基地方面から松明片手に走ってくる人影が一つ。
「おぉ~い! クレス~!! 」
全身鎧をガチャガチャと派手に鳴らしながら走ってくるレイシアに苦笑が溢れつつも、僕達は歩み寄っていく。
「皆無事だな! それで、調査の結果はどうだったのだ? 」
誰一人欠ける事なく戻ってきた僕達を見て笑みを浮かべたレイシアに、何があったのか説明しようとしたその時、この戦いを終わらせるかも知れない二人が約束通りここへ飛んできた。
「おぅ! 待ったか? ってレイシアもいるのかよ!? 」
「なっ!? それは此方の台詞だ! どうして貴様がここにいるのだ!! 」
レイシアを見たテオドアは、これ見よがしに渋い顔をした。それに負けじとレイシアも似たような表情を浮かべる。元から仲は良くない二人だからそうなるのも仕方ないけど、これでは話が進まないので流させて貰うよ。
「テオドア、先ずはありがとう、お蔭で助かったよ。色々と説明してくれるんだよね? どうしてここに? 」
「いや、俺様も別に助けに来るつもりは無かったんだけどよ…… アイツが余計な事を言うもんだから、俺様まで巻き添え食らっちまって困ってんだ」
テオドアがアイツと呼んで指を指す方向には、あのヴァンパイアが佇んでいた。此方と接触を図る訳でもなく、かと言って無視する素振りも見せない様子に、何か薄気味悪さを感じる。
「彼は、ヴァンパイアだよね? 一体何者なんだ? 」
「あれが、例のガーゴイル共が掘り起こそうとしていたもんだよ。ゲイリッヒと同じ二千年前から生きてるヴァンパイアだ。実力は相当のもんだが、性格も凶悪だから気を付けろ。何でかは俺様も分からねぇが、相棒を王だと言って付き従ってる。その相棒が人間には危害を加えないようにと命令してるから、まぁ平気だとは思うけど、下手な事はしない方が身のためだな」
そうか、彼がライル君の言っていた二千年前から眠り続けているというヴァンパイアで確か、バルドゥインって名前だったよな。
僕は慎重に近付き、バルドゥインに話し掛けた。
「初めまして、バルドゥインで良かったかな? 助けてくれてありがとう」
出来るだけ友好的に話したつもりだけど、バルドゥインは顔色一つ変えずにその血走った目で僕をじっと見詰めると、静かに口を開いた。
「お前が王の支配する国の人民であるクレスか? 」
「え? えっと…… 確かに、クレスは僕だけど…… 」
「なれば良し。王の命令でお前と協力し、あの魔物共を追い払えとの事。加えて他の人間には絶対に危害を与えるなとも言われている。さぁ、あの愚か者共を殲滅して王の御元へ帰るのだ。良き報せを一刻も早く王へお伝えする為、共に尽力致そうではないか」
「あ、うん。そ、そうだね。一緒に頑張ろう…… ? 」
な、なかなか癖が強そうな人だな。王ってのは、やっぱりライル君の事だよね? なるほど、あの魔力収納の中を見れば国を治める王とも見れる。
「な? 面倒くせぇ奴だろ? バルドゥインにとっては、相棒の魔力収納に一度でも招かれた者は人民の一員になるらしいぜ? 」
あぁ、それで同じ国に属する者同士で仲間意識を持っている訳か。
これは扱いがかなり難しいぞ。ライル君、僕達の身を案じてくれてとても感謝しているけど、どうせならもっと危険の少ない人を送って欲しかったかな?