暴虐の牙 3
「クレスさん、お待ちしてました。全てのゴーレムはもう貴方の指示に従いますので、何時でも出撃可能です」
アロルドと交代して前線基地へ戻ってきた僕達に、一仕事終えたアルクスさんが出迎えてくれた。
僕は言われるままゴーレム達に簡単な命令を下し動作確認をした後、半分の五十体を基地の警備に、そして残りの半分を戦場に連れ出す。
日が暮れた平原には既に魔王軍は撤退し、代わりにアンデッドが攻めてくるその光景を前に、ついてきたアルクスさんの息を飲む気配が伝わってくる。
「アンデッド化した魔物が多いですね。普通、アンデッドと言えば人間の死体から変化したグールやスケルトンを思い浮かべますが、今襲ってきている大半のグールはオーガやゴブリン、スケルトンも魔獣だったものが多いですね。もしやこの戦場で死んだ者達がアンデッドとなっているのでは? 」
「しかしアルクスさん。死んでからアンデッドになるには相当な時間を要すると聞いた事がありますが? 死んですぐにアンデッドになっていたら、世界中に溢れかえってしまいますよ」
アルクスさんはそんな僕の言葉に然りと頷き、例外もありますと答えてくれた。
「クレスさんは死霊魔術というのをご存知ですか? そう、ヴァンパイアに古くから伝わる魔術です。それは意志無きグールやスケルトンを使役するだけでなく、故意に作り出す事も出来ると言われています」
「もしかして、戦場の死体からアンデッドを作り出しているヴァンパイアが向こうにはいると、アルクスさんはそう言いたいのですか? 」
「はい。その可能性は十分にあるかと…… 」
だからどんなに倒してもアンデッドの数が減らずに毎晩襲ってこれるのか。グランさんが言っていた事も合わせれば、奴等は人間や魔物の死体を集めては食料にしたり、グールやスケルトンにして利用しているという訳だ。余りの邪悪さに吐き気を覚えてしまう。こんな戦いは早く終わらせるべきだ。
僕は後ろで待機しているゴーレム達に魔物を倒すよう命令する。
すると、命令を受けたゴーレムは太腿の装甲から何か掌に収まるぐらいの筒状の物を取り出し、光の刃を形成した。アルクスさんが言うには、ビームサーベルというらしい。
そして二メートル以上ある体格とは思えないほど早く走り、軽やかにアンデッド達をそのビームサーベルで首や四肢を切断していくゴーレム達。
細く長い手足と腰が、あの素早くしなやかな動きを可能にしているのだろう。あれはもうゴーレムの動きじゃないな。
「さて、ゴーレムの稼働に問題はないようですので、基地に戻って休みましょう。皆さんが待っていますよ」
「はい、そうしましょうか」
僕とアルクスさんは転移魔石で基地に戻り、少し遅めの夕食を待ってくれていた皆で頂く事にした。
「おい、これが本当に今夜分の夕食なのか? 何て言うか、量も少ないしかなり質素だな。これでは腹も膨れないだろう。リラグンドからの物資が足りていないのか? 」
予想以上に侘しい食事だったのか、アラン君は不機嫌な表情を隠さずに具の少ないスープが入った皿をスプーンでかき混ぜる。
「アラン、行儀が悪いわ…… それと、戦場の食事は何処もこういうものよ…… むしろ貴族であるわたし達に比べて、一般兵士や冒険者達の食事はもっと悲惨だわ…… 」
そう、僕も勇者候補という理由で優遇されてはいるけど、それでも満足のいく食事とは言い難い。因みにリリィとレイシアも勇者候補である僕の仲間という事で同じ食事が用意されている。
「これなら、ライル殿と共に野宿した方がもっと良い食事にありつけたな」
「…… レイシア、あれは野宿とは言えない。…… 家が人の形をして歩いているのと同じ」
「ハハ! 確かに、言い得て妙であるな! 」
あぁ、ライル君との旅では何時でも豪勢な料理が出ていたのを思い出した。魔力収納の中にある豊富な食材と、それを調理するエレミア、そして設備の整った調理場。夜には安全に眠れる家もある。リリィが言う事もあながち間違いではない。もっと大袈裟に言うのなら、国がライル君という人の形をして歩いているとも見て取れる。
「兄様は特別だから、比べても仕方ないわ…… 癖になるほどのあの安心感は、一度味わったら中々抜け出せない…… 正にこの世の楽園と呼ぶに相応しいわ…… 」
「ん? 一体何の話をしているんだ? 」
僕達の会話についていけていないアラン君の頭に疑問符が浮かぶ。まぁ、アラン君だけライル君の魔力収納を知らない訳だからしょうがないけど。
「兄様はとても素晴らしいという話よ…… この戦いが終わったらわたし、暫く兄様の所へいるわ…… 」
「あんなのがそれほど頼りになるのか? そうは見えなかったけど。まぁ、あの蜂蜜を送ってくれるところは評価してやっても良いがな」
シャロットが作ったゴーレム達のお陰か、夜に休む兵士や冒険者の姿が多い。
今はアロルドがアンデッドと戦っているが、暫くしたら交代することになるので、今のうちに軽く仮眠を取って置かないと。
「ふぅ…… 僕は疲れたから朝まで寝る。途中で起こすんじゃないぞ」
文句を言いつつも完食したアラン君は、一人でテントの中へ入って行った。随分と飛ばしていたから疲れたのだろう。
「まったく…… いくら結界があるからって、安全とは言えないのに…… ごめんなさい、アランが勝手な事を…… 」
「いや、ゴーレムが休まずアンデッドの相手をしているからね。僕とアロルドの勇者候補が二人いれば大丈夫だよ。その分、アラン君には明日頑張って貰うさ。レイチェルも初めての戦場で疲れただろ? 今夜はゆっくり休むと良い」
「じゃあ、お言葉に甘えさせて頂くわ…… 正直、兄様がいないだけでここまで辛くなるとは思わなかった…… あぁ、兄様が恋しい…… 」
うん? それはライル君による魔力の補充がないから厳しいのか、会えなくて寂しいという意味なのか、どっちなんだ?
「…… 恐らく、両方」
なるほど、流石はリリィだ。レイチェルを良く理解しているね。
「レイチェルはライル君からマナフォンを渡されているんだよね? 連絡は取ってないのかい? 」
「えぇ…… 出来るなら毎日お声を聞きたいけど、めんどくさい女だと思われなくないから我慢してる…… それに、わたしが此処にいると分かれば、兄様に余計な心配を掛けさせてしまう…… 貴方もそうでしょ…… ?」
「そうだね。僕もライル君には連絡しずらいよ。彼の事だから、きっと助けを求めたらすぐに応じてくれるだろうね。でもさ、何だかそれは駄目な気がして…… 今もライル君に連絡を取ろうか迷っているよ」
これから先、ずっとライル君に頼ってしまいそうで怖い。そんな僕の心情を察したのか、分かるわ…… とレイチェルは軽く頷いた。