暴虐の牙 1
「では、このゴーレム達へクレスさんの魔力と声紋を登録致しますので、一旦この魔力結晶にクレスさんの魔力と声を保存して貰えませんか? 」
シャロット達が作成したゴーレムは、国が送ってくれたゴーレム兵よりも背は高いが手足と腰は細く、胸や腕等の部分には鎧のようなものが装着されている。人間とも従来のゴーレムとも違う形をした全く新たなゴーレム達の前に立つアルクスさんが、肩から下げているマジックバッグから魔力結晶を一つ取り出しては僕に渡してきた。
「これに魔力と僕の声を? 」
「はい。魔力結晶に刻まれている術を発動してもらって、何でもいいので結晶に声を掛けるだけで良いんです。それでクレスさんの魔力と声紋を保存してこのゴーレム達に登録すれば、もう貴方だけに従うゴーレムの完成です」
「魔力は何となく分かりますが、声紋とは? 」
「私も詳しくは知らないので説明は難しいのですが、シャロットさんが言うには人の声というものは一人一人違うとの事。それを解析してゴーレムに組み込めば、魔力を通さなくても声だけでゴーレムを操れるようなるとか…… 」
という事は、常に魔力をゴーレムに繋げなくともいい訳だ。完全自立型との相性も良く、一度に多くのゴーレムを動かせるらしい。
「百体全てのゴーレムに登録するのには時間が掛かりますが、一旦保存した魔力結晶さえあれば、次から此処へ持ってきた時にはもうクレスさんが操れる状態になっていますよ」
へぇ…… 良く分からないけど、便利そうだ。とにかく、僕は渡された魔力結晶に自分の魔力と声を保存しておけばいいんだね?
「…… はい。確かに魔力結晶に保存されていますね。これからクレスさんの魔力と声紋をゴーレム達に登録しますので、そうですね…… 夜迄には終わるでしょう」
夜までか…… それならどうにか持つかな。それでこのゴーレムにはアンデッドの相手をしてもらえば、多くの人達が安心して休めるだろう。アルクスさんの説明では、完全自立型ゴーレムは人間と魔物の区別が可能で、命令さえすれば後は自分で判断して魔力がある限り魔物と戦い続けるという。
しかも、ゴーレム核には大気中のマナを取り込み魔力に変換する術式も組み込まれているので、余程の損傷と激しい動きをしなければ魔力切れは起こさないらしい。その分人工頭脳の性能は若干下がってはいるけど、魔物を倒すだけなのでそんなに問題はないと言っていた。
「それと、今回は質より量を優先してますので、少し装甲は脆くなっています。もし、戦闘が続行不可能とゴーレムが判断した場合、自動的にゴーレム核が自爆するように設定されてますのでご注意下さい。そんなに規模は大きくありませんが、近くにいたら爆風と熱でそれなりの怪我を負いますよ」
「じ、自爆、ですか? それはなんとも物騒なものを…… 」
あのゴーレム愛が深いシャロットがそんなものを仕掛けるなんて信じられない。
「シャロットさんは、人間の被害が出るよりも大好きなゴーレムを使い捨てにする事を選んだのです。それほど今回の戦いには本気だという事ですよ」
そうだったのか…… シャロットの覚悟は理解したよ。僕もそれに応えなければ失礼になる。
「じゃあ、その登録というのが済むまで、ぼくが魔物共を抑えておけばいいんだな? 」
「アラン君、僕も行くよ。魔力もある程度は回復したからね」
ゴーレムの調整はアルクスさんに任せて、僕とアラン君、リリィ、レイシア、レイチェルの五人は転移魔石で戦場へと向かった。
「これは…… 思っていたよりもずっと酷いもんだな」
初めて見るであろう戦場の空気と死の気配に、アラン君は顔を歪める。
「えぇ、インセクトキングの巣穴よりも戦況は厳しいわ…… だからこそ、出し惜しみは出来ない…… アラン、初めから本気で行くわよ…… 」
「フンッ! そんな事言われなくとも分かってる。もとより手を抜くつもりなんてないさ! 」
そう意気込むアラン君の両手から激しい炎が吹き上がり四散した後には、二本の熱せられたかのように赤く染まった片刃の剣が握られていた。あれが、アラン君の聖剣か。
その横でレイチェルが闇魔法で作った黒く巨大な馬に跨がり、周囲には複数の黒い狼を生み出す。
「…… レイチェル、それはライルの馬? 」
「やっぱりリリィには分かるのね…… そう、これは兄様のルーサを模したの…… リリィも後ろに乗る…… ? 」
ルーサを模したという黒い馬が屈むと、リリィはレイチェルの後ろに乗った。
「おい、ぼくには無いのか? もしかして彼処まで走れと言うんじゃないだろうな? 」
「仕方無いわね…… わたしの黒狼に乗っても良いわよ…… レイシアも良ければどうぞ…… クレスは、光魔法での移動があるから大丈夫よね…… ? 」
レイチェルが黒狼と呼ぶそれは、人が跨がれる程の大きさだ。それを二十体近くも魔法で生み出せるとはね。本当に頼りになる双子だよ。
「僕はアロルドに交代を知らせる。アラン君達は無理に押し攻めず、夜まで魔物を抑え―― ッ!? 」
最後まで言い終わる前に、魔王軍の投石機によって飛んできたポイズンピルバグズが僕達の頭上に落ちてきた。
「おいおい、危ないじゃないか! 」
急いで光の聖剣を呼び出そうと構えたが、アラン君が二本一組の聖剣を振るうと、炎の塊が放たれポイズンピルバグズを包み込み、地面に落ちた時には既に絶命していた。
「あの投石機は邪魔だな。取り合えず全部壊しておくか」
「そうね…… クレス、わたし達はあれを壊しにいくから…… 後でまた合流しましょう…… 」
そう言うや否やレイチェル達を乗せた黒い馬と狼達は敵陣へと走って行った。
…… はっ!? いけない、呆けてる場合じゃないな。僕もアロルドの所に向かわないと。