予期せぬ助っ人4
アンデッドとハルピュイアの奇襲も夜が明ける頃には収まり、全員とはいかないけどレイスに取り憑かれた者達も神官の浄化魔法で救い出せた。今は壊された結界を直し、荒れた基地を整えている。
此方の被害は大きいが、それ以上に彼等の心は酷く疲れきってしまっていた。燃えたテントと仲間の遺体を集めている者達の目には光が宿っていないように見える。
無理もない。つい先程まで共に戦っていた戦友が刃を向けて来たのだから…… レイスに操られていたと分かっていても、その残酷な事実が心を締め付ける。
僕は疲れた体に鞭を打ち、動き続けた。ここで座ってしまったら、二度と立てなくなる気がして……
しかし、最悪な状況はまだ終わってはいない。転移魔術による空間の歪みが発生したと思ったら、中から一人の兵士が慌てた様子で出てきて大声で叫ぶ。
「魔王軍が接近! 手の空いてる者は速やかに戦場へお願いします!! 」
そうだ、奴等は朝と共に攻めてくる。此方は十分な休息が取れず、心身が疲弊している状態で戦わなければならない。それでもやるしかないんだ…… 逃げる事は許されない。
一人、また一人と重い体を引き摺る様に、転移魔術で戦場に向かう姿が余りにも痛々しい。今まで優勢だと思っていたのに、全ては奴等の思惑通りだった訳だ。夜襲で身も心もボロボロになっている所を容赦なく叩くつもりなのだろう。
正直、僕も魔力が限界だが、今膝を折る訳にはいかないんだ。魔力切れと眠気で意識が朦朧とする中で、何とか戦場へ向かおうと足を動かす。
「クレス! 無茶をするな。こんな状態では戦えないではないか」
「…… 短時間でも、休息は必要」
何時の間に戻ってきていたのか、ふらつく僕の体をレイシアが支え、その隣には心配そうに見詰めるリリィがいた。
「あぁ、二人とも無事で良かった。でも、僕だけ休んでいる訳には…… 」
「いや、そんなんじゃ却って足手まといだ。お前は此処で休み魔力を回復させろ」
転移魔術で戻ってきたアロルドが辛辣は言葉を吐く。
「よく考えてみろ。この先も夜はアンデッドによる襲撃があると見るべきだ。そうなったら最大戦力である勇者候補は何時休む? 幸いにも勇者候補は俺とお前の二人いるんだ。ここは交代で休みつつ戦うのが効率的だろう」
「でも、君だって疲れているんじゃないのか? 」
「あんなアンデッドなど相手にしたところで、そう大して疲れるもんじゃないが、そうだな…… 三、四時間くらいは抑えといてやる。それまで出来るだけ魔力を回復させろ。いくら俺でもそれ以上は厳しいからな」
「…… 分かったよ。確かに今の僕では力になれない。少し休んだらすぐに、行くから…… 」
自分で思っていたよりずっと無理をしていたみたいで、限界を迎えて意識が遠退き力が抜けていく。
…… 目が覚めると、そこはテントの中だった。
僕はどのくらい寝ていた? 魔王軍は? 様々な疑問が浮かんでくるが答えは出ない。とにかく起き上がり外へ出ると、外はまだ明るかったので、そう時間は経っていない筈。
「む? 起きたか、クレス」
「レイシア、僕はどのくらい寝てた? それと今の戦況は? 」
「うむ、クレスは三時間程寝ていた。その間、アロルド殿を筆頭に迫り来る魔王軍をどうにか抑えてはいるが、戦況は思わしくない。皆体力も気力も限界だ」
レイシアの晴れない表情と周りの喧騒が、今の切迫した状況を匂わせる。
「…… クレス、魔力はどう? 」
「あぁ、少しだけど回復はした。万全とはいかないけど、アロルドが休める時間は稼げると思う。レイシアとリリィはどうだ? 」
「私も問題ない! 何時でも戦えるぞ!! 」
「…… うん、こっちも大丈夫」
僕達は他の兵士や冒険者と一緒に戦場へ向かい、疲弊した者達と交代する。
「アロルド! 交代だ! 早く彼等と下がってくれ!! 」
相変わらず先頭で突っ込んでいくアロルドと義勇軍の所へ、光速で近付き撤退を促す。
「おう! 思ったより早かったな。後は任せたぞ!! 」
あんな事を言っていたアロルドだが、素直に軍を退かせたので、きっともう余裕が無くなっていたのだろう。
それからは数時間おきに交代を繰り返し、もうこれ以上戦力を減らさないよう、負傷した者はすぐに神官の回復魔法で受けさせつつ魔王軍の侵攻を食い止める事に集中した。とても此方から攻めていける余裕は無く、防衛に専念する。
だが、アロルドの予想通り夜にはアンデッドの襲撃が加わり、一時も休まる時間がない状況が続き、二日が経った今では味方はすっかり憔悴していた。
転移魔術で繋がっている唯一の頼みのリラグンド王国へ増援の申請を入れたが、これ以上兵を派遣すると国の守りが薄くなると難色を示されたらしい。
他の国へ助けを求めたとしても、援軍が来るには時間が掛かる。それまでに持ち堪えられるかが心配だ。
どうすれば…… どうすればこの状況を覆せる?
前線基地にて魔力を回復している僕は、懐からマナフォンを取り出してじっと見詰める。ここでライル君に助けを求めれば、何とかしてくれるかも知れない。しかし…… 本当にそれで良いのか? これは僕達人間と魔物との戦争であるので、予めギルディエンテとアンネは力を貸さないと明言している。でも、ライル君の魔力補給さえあれば…… いや、それを当てにしてしまってはライル君の存在を世界中に晒してしまう事になる。
くそっ! せっかく勇者候補として力を授かったというのに、まだ僕には力が足りないと言うのか?
悔しくて歯噛みしている僕の背後から、この場に見合わない声が聞こえてきた。
「なんなんだ? この異様に暗い空気は? 報告以上に酷い有り様だな」
「アラン、言葉に気を付けて…… 彼等が戦ってくれてるお蔭で、私達の国はまだ魔王の被害に遭っていないのだから…… 」
振り向くとそこには、火の勇者候補であるアラン君と、レイチェルの姿があった。