予期せぬ助っ人2
空間の歪みを通り抜ければ、戦場となったラウドリンク平原に浮かぶ焚き火があちらこちらに見え、冒険者と兵士達が見張りをしている光景が広がる。
その中に見覚えのある人達がいたので声を掛けた。
「お疲れ様です。グランさんはいないのですか? 」
「あぁ、リーダーならそこら辺でションベ、じゃなくて用を足しに行ってるよ」
グランさんのチームメンバーの一人が、レイシアとリリィに気を使って言い直すが、それもうほぼ全部言ってるのと同じだよ。
「一人で? ちょっと心配だから様子を見てきます」
「む? それなら私も…… いや、止めておこう」
そうだね。もし用を足している最中だったら気不味いもんな。
レイシアとリリィをその場に残し、僕はグランさんが向かって行ったという方向に進む。
辺りは暗く、焚き火の光が届かなくなってきたから光魔法で光源を作り歩いていると、グランさんの下から一羽の鳥が飛んで行くのが見えた。
「…… グランさん? 」
「ん? クレスか…… どうしたんだ、こんな夜に。朝から戦いっぱなしなのに、休んでなくて平気なのか? 」
「いえ、何だか妙な胸騒ぎがしまして、眠れそうになかったので見張りでもしようかと…… それより、さっきの鳥は? 」
いや、あれは鳥というより何か作り物のように見えた気が…… でも暗いし見間違いかも知れない。
「あぁ…… 怪我してたのを見つけてな、回復薬で少し手当てしたら飛べるようになったんだよ。たぶん昼の戦いに巻き込まれたんだろう」
「そうなんですか? 何にせよ、この戦の中で助かった命があったのは良かったです」
沢山の命が失われてしまった。例え小さな命でも救われていたのなら、うれしいものだ。
「この暗闇の先に、まだ回収されていない遺体があると思うとな…… どうにもやりきれないぜ」
この戦いで命を散った者達の体は、リラグンド王国から来た魔術師達が操るゴーレムで運んで供養しているが、全員ではない。
「知ってるか? この三日で回収した遺体は二百だ。確認出来ているだけで二百って事は、それ以上の死者を出している訳だ。まぁこっちも魔物を同じくらい殺しているけど、俺が気になっているのはそこじゃない。なぁクレス、気付いているか? 奴等が夜な夜な死体を持ち帰っている事を」
「死体を? それは、魔物のですか? 」
「魔物と人間、両方共だ」
魔物の死体を回収するのは、僕達と同じで供養する為とか? しかし敵である人間の遺体は何故? 悩む僕にグランさんは驚くべき仮説を立てた。
「俺達は転移魔術で物資をすぐに補給出来るが、向こうはどうだ? あれだけの数の魔物をどうやって食わせている? 」
「えっ? それって、もしかして…… 」
「おそらく奴等は、食料として死体を持ち帰っていやがる。敵も味方も、死ねば全部奴等の食い物だ。俺は心底人間に生まれて良かったと思うぜ」
しかも死んだ者達から装備を剥がして再利用しているのだとも言う。もしそれが本当なら、まだ悪夢の方が優しいと思えるくらいに悲惨過ぎる。
「本当、リラグンドからの支援にはだいぶ助けてもらってるな。転移魔術もそうだが、あのゴーレム兵もヤバイ。今までのゴーレムは、土木等の力仕事に利用するくらいしか使い道がなかったのに、リラグンドが開発した新たなゴーレムはもう別物だな。魔術師一人で六体も操るし、戦場で壊れても明日には新しいゴーレムが転移魔術で届く。簡単な命令で見張りもしてくれて、危険があれば繋がった魔力を通して術者へ瞬時に伝わる。しかも大きさは俺達と大差ないから邪魔にならず素早い動きも可能ときたもんだ。この術式を考えた奴は凄いを通り越して異常とも言えるな」
確かに、全く新しいゴーレム理論を作り出し、あまつさえ実現させてしまったのだからそう思われても仕方ない事だけど、シャロットさん本人には言えないな。
「それに、物資の運送を飛躍的に改善したマジックバックと、何処でも広々とした空間で休めるマジックテント。何処の国より性能が良い結界魔道具も全部リラグンド―― いや、その中にあるインファネースから生み出された物らしいな。こんなのを見せられたんじゃ、リラグンドに喧嘩を売る馬鹿な国はそうそう出てこないだろう。まったく、上手い具合に牽制してくるもんだな。これから益々インファネースは世界から注目される羽目になるぜ」
「大丈夫ですよ。彼処には彼が、ライル君がいますから…… 」
何の迷いもなしに言い切る僕に、グランさんは小さく笑った。
「確かに、ライルがいるならどうにかなりそうな気がする。インセクトキングの巣穴攻略で少しだけだが一緒にいて分かった。あいつは見た目も中身も普通じゃねぇってな。なんつうか…… 俺達と根本的な所が違うんだよ。同じ世界にいるのに、違うものを見ているような…… そんな気がするんだ」
「僕達とは違う世界を見ていると? 」
「概ねそんな感じだな。時々思うんだ…… あぁいう奴が世界を変えていくんだろうなってよ。きっと五百年前の勇者クロトも、ライルのように俺達とは違った世界を見ていたんじゃないか? 」
僕もライル君がこの世界を通して別の何かを見ているように思えてしまう時がある。
「情けねぇけどよ。あいつが此処にいてくれたなら、今頃とっくにこの戦いに勝利していたんじゃないかなんて、考えてしまうぜ」
うん。それには僕も同意見だよ。ライル君さえいれば魔力は使い放題だし、何より魔力収納にいるギルディエンテやアンネ、ムウナを筆頭にとんでもない実力者がいるんだ。彼等が本気になったのなら、魔王軍はその圧倒的な力の前に蹂躙されてしまっていたかも知れないな。
「僕も同意見ですが、残念ながらライル君は別の用件でインファネースを留守にしてます」
「そうか、そいつは残念だ…… ん? おい、あれは何だ? 」
グランさんが暗闇の向こうに何か異様を感知したらしく、僕達は急いでレイシアとリリィ、それとグランさんのチームがいる焚き火の場所へ戻っていった。
望むなら、この嫌な予感だけは外れて欲しかったな。