予期せぬ助っ人1
魔王軍との開戦から早三日が過ぎた。奴等は日の出と共にやって来ては日が沈むと退いていく。初めは不可解な動きに戸惑っていたけど、それが三日も続けばいい加減慣れてくる。
向こうが何も仕掛けて来ないのなら、此方から夜襲に打って出ようとしたのだが、偵察に向かった冒険者達の話ではスケルトン、グール、レイスといったアンデッドが守りを固めているらしい。
これには皆が頭を傾げる。アンデッドがいない訳ではないのに、どうして夜に引き上げていくのか…… 謎は深まるばかりだ。
「だから! 何故君はそう自ら危険に飛び込むような真似をするんだ! ここは堅実に守りを強化して魔王軍を迎え撃つのが最も被害が少ない」
「お前がそればっかりだな。守ってばかりじゃ何時まで経っても魔王には辿り着けないぞ? あの統率の取れた動き、必ず指揮してる奴がいる。俺達で中央突破してそいつを叩けば、魔物の軍はバラバラになって只の寄せ集めになる。そうなれば此方の勝利は決まったのも同じだ」
「それでまた彼等を犠牲にするのか? 君達の無謀な行動が、他の人達を危険に晒しているんだ」
「しかしこんな所で時間を掛けている場合じゃない。お前が怯えて何もしない間にも、世界の人達は今も魔物によって苦しめられている。危険だろうが飛び込んでいかなければならないんだよ! 」
前線基地の指令本部で、僕と水の勇者候補であるアロルドが口論している周りには、総司令官と他の指揮官達がまた始まったかと、焦る事なく傍観していた。
そう、この三日。僕とアロルドは何かとこうやって衝突する事が多くなった。僕の犠牲を少なくする為に皆を守りながら戦う姿勢をアロルドは快く思わないようだ。僕もアロルドの狂気染みた無理な突貫は許容出来ない。
守りを強化する僕の意見と、攻めの一手でこの戦いを終結させるというアロルドの意見とで、他の指揮官達も考えあぐねているようだった。
この戦いは早く終わらせたいが、無理に攻めれば最悪此方が全滅する恐れがあるのでなかなか踏み込めない。かといって他に良い案がある訳でもなし、頭を悩ませる。
今回もまた様子見で現場維持という事になり僕らは解散した。外はとっぷりと日が暮れて真っ暗だ。
リラグンド王国が転移魔術を施した魔石と魔力結晶―― 正式には転移魔石、転移結晶と呼んでいるらしい―― を大量に持ってきてくれたお陰で、この前線基地と戦場を短時間で行き来出来るのは有り難い。今も空間の歪みから兵士達が疲れた様子で出てきている。
「あれを使えば敵本部に攻め込めるかもしれないというのにな」
「アロルド…… 僕は大を救う為に小を犠牲にする考えは好きじゃない」
後ろから声を掛けられ、振り向くとそこには納得のいかない顔をしたアロルドがいた。
「お前の好き嫌いはどうでも良い。俺が何を言ったって考えは変わらないんだろ? でもな、そろそろどうにかしないと危険なのはお前だって分かっている筈だ。人間ってのは良くも悪くも状況に慣れてくるもの。魔王軍の動きによって、戦いは朝に始まって夜に終わる。ここにいる者達はそれに慣れ始めてしまっている。被害は少ないし十分に休めるのは良いが、何かこう言いようがない気持ち悪さってのがある」
「それは…… 魔王軍が意図的にそうさせていると? 」
「その可能性があるって事だ。奴等に定時がある訳でもないし、アンデッドがいない訳でもない。何を企んでいるか知らないけど、その企みごと一気に攻めて潰してしまえば良い」
「その考えには同意しかねるけど、僕も何か引っ掛かるものがあるのは確かだ。だからこそ守りを強化しようと提案したんだけどね」
「ふぅ…… まぁどちらにせよ現場維持は頂けないな。何かしら行動しないと手遅れになるかも知れない。気を付けろよ」
「あぁ、君もね」
転移魔石で戦場へ戻るアロルドを見送っていると、隣からレイシアとリリィの話し声が聞こえる。
「全く、仲が良いのか悪いのか分からんな」
「…… 根本的な所は似ているから、考え方が違うとしても、それで別段嫌いになる訳ではないのかも」
「そう言われれば、確かに何処と無くクレスに似ている所もあるかも知れんな」
えっ、僕とアロルドが? そうかな…… よく分からないけど、何故か嫌いにはなれないんだよね。僕も心の何処かで、アロルドのいう犠牲なくして本当の平和は訪れないと思っているかも。しかし、それを認める訳にはいかないんだ。僕の馬鹿げた夢に、本気で付き合ってくれる二人を裏切りたくないから。
「どうした、クレス? 今日はここで休んでいくのか? 」
「いや、戦場へ戻るよ。見張りは一人でも多い方がいいからね」
先程のアロルドが言った事も気になるし、どうにも胸騒ぎがして今日は落ち着いて休めそうもない。
「…… 何か気になる事でも? 」
そんな僕の心情を読み取ったのか、リリィがその眠たそうな眼で見詰めてくる。
「いや、何か嫌な予感がするというか…… 僕の思い過ごしなら良いんだけど、ね」
「…… クレスの予感は馬鹿に出来ない」
「その通り。今日の見張りは一段と注意せねばならないな」
僕の不確かな予感に、疑う事なく受け入れてくれる二人に思わず口元が緩んでしまう。
僕達は転移魔石を使い、戦場で見張りをしている冒険者達と合流した。