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トルニクス共和国の元首に同盟の打診が綴られた書状を渡せた俺は、任務を果たし晴れて自由の身となった。
相手側は慎重に協議を重ねたうえでの返答になるので時間が掛かるらしい。かといって時間を掛けすぎてしまえば同盟の意思無しと判断されるので難しいところだ。
すぐにでもインファネースに戻りたいが、一応向こうが結論を出すまではエルマンの世話になる事になった。
早く帰って南商店街について店主達と話し合いたいけど、他にも気になっている事がある。それは今も魔王軍と戦っているクレス達だ。
勇者候補の力とはどれ程のものかは分からないけど、魔物の軍に後れをとる事はないだろう。この前エルマンに聞いたら人間側が優勢だとも言っていたしな。
それでも知り合いが戦争に参加しているというだけで心配してしまうものだ。そんなに気掛かりならマナフォンで連絡を取ればいいのだが、邪魔になるのではと思ってどうも遠慮してしまう。
魔王軍の不可解な動きもあるとも聞いている。もし、シュタット王国が魔王の手に落ちるような事になれば、戦禍は何れリラグンド王国にまで及んでしまう。
そんな心配を抱きつつ、いつも通りソフィアと妖精達による今日の出来事を聞きながらの夕食を終えた頃、エルマンから後で部屋に来てほしいと言われた。
ドアをノックして中からエルマンの返事を確認してから部屋に入ると、既にエルマンは机からソファーに移り座っている状態だった。
「急なお呼び出しですみません。とうぞ、お掛けください」
「では、失礼します」
俺は恐る恐るといった感じで座り、エレミアは微塵も臆する気配はなく堂々と座る。彼女は全くブレないね。
「それで、いったい何の用事で俺を呼んだのですか? もしかしてもう返事が? 」
エルマンは俺の言葉を否定するかのように頭を振った。
「残念ですが、まだ協議が続いてるみたいですね。まぁそれはそれとして…… 今回お呼びしたのは魔王軍との戦争の最新情報が入りましたので、ライルさんにも伝えておこうかと思いまして」
「それは助かります。丁度どうなっているのか知りたかったんですよ。この前は人間側が優勢だと聞いておりましたので、もうそろそろ終わりそうですかね? 」
「いえ…… それが、ですね…… 」
うん? 何だか言いにくそうにしているな。これはもしかしなくても何かがあったと見るべきか。俺は無言で続きを促した。
「これは王妃様から直接お伺いした話なのですが…… どうやら戦況は思わしくないようです」
領主の館に転移門を設置してからというもの、王妃様は頻繁に地下市場へと足を運んでいるらしい。相変わらずフットワークがお軽い事で。
「思わしくないとは? 具体的にどういったものなんですか? 」
「私も詳しくは知りませんが、魔王軍が夜襲を仕掛けてきたとかで、少なくない被害が出たようです。今までは日が落ちると共に引き上げてたようでしたが、なぜ今になって…… 」
良く分からないけど、とにかくクレス達は危険な状況に追い込まれているって事だよな?
「また新しい情報が入りましたら、ライルさんにもお伝えします」
「よろしくお願します」
エルマンの部屋を出て自分に宛がわれた部屋に入ると、無意識に大きな溜め息が出る。
何かの準備をしていたのか、魔王軍が本腰を入れてきたという訳だ。朝も昼も夜も一日中戦いは続き、気の休まる時間がない。そんな状況に晒されれば、体よりも先に心が疲弊してしまう。
クレス達は無事なんだろうか? 簡単にはやられないとは思うが、エルマンのあの様子ではかなりの人が犠牲になったに違いない。その事で責任を感じてなければ良いんだけど。
戦争が始まってから今だにクレスからの連絡はない。どうする? 此方から連絡を取ってみるか? でも何て言えばいいのか分からない。助けを乞われたら直ぐにでも駆け付けるのにな……
ウジウジと悩んでいる俺を見かねて、バルドゥインが声を掛けてくる。
『王よ、その憂い、俺が晴らしてしんぜよう。ご命令頂ければ、その魔王軍とやらを殲滅して見せるが? 』
『え? それってバルドゥインが一人で向かうって事? 』
大丈夫なのだろうか? 勢い余って人間達まで殺してしまいそうで怖いよ。
『ご安心を、我が主。こう見えてバルドゥインは命令に忠実な男ですので、人間を襲うなと仰ればその様に行動致します』
『俺は王の牙。御身をお守りこそ出来ないが、代わりに敵が何処にいようとも、駆け付けて皆殺しにしてくれよう』
その過激な考えが今はとても頼もしく感じてしまうのは、きっと思いの外俺も焦っていたのだろう。
ギルやアンネが戦おうとしない今、ここはバルドゥインに動いて貰うのも一つの手ではある。
『バルドゥイン…… 決して人間には害を与えず、魔物や魔獣だけを狙うと約束してほしい』
『ご命令であれば、その様に…… 』
『じゃあ、命令するよ。クレス達と協力して魔王軍を追い払ってくれ。絶対に人間には危害を加えないこと』
『御意に』
でもバルドゥイン一人では流石に不安だ。命令には忠実だと言われてもね…… ここはもう一人ぐらい付いていってもらおう。
『テオドア、バルドゥインと一緒に行ってくれないか? 』
『はぁ!? 何で俺様がこんな危ねぇ奴についていかなくちゃならねぇんだよ』
『バルドゥインがもし人間と対立しそうになったら止めてほしいんだ』
『ゲイリッヒがいるだろうよ』
『私は常に我が主のお側に支えなければなりませんので、離れる訳にはいきません』
という事らしいよ? 決して動こうとしないゲイリッヒに、クソッタレ! とか言いつつもテオドアは了承してくれた。
「いいか? こいつが暴走しようとも俺様は何も出来ねぇからな。まぁやるだけやってみるけどよ…… 」
「では、行って参ります。必ずや王の御心を乱す輩を、一匹残らず仕留めて見せましょう」
部屋の窓から飛んで行くバルドゥインとテオドアを見送った後で冷静になって考えたけど…… 少し早まったかな?