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領主を先頭に、俺とエレミアとエルマンは王妃様が滞在している部屋へ行き、ノックをしてドアを開ける。中では紅茶を片手にテーブルに着いている王妃様と、腕を組み座っているコルタス殿下の姿があった。
「やっと来ましたわね。インファネースに戻ったならすぐに報告に来るように頼んだかと思いますが? 」
「申し訳ありません。まだ王妃様からお預かりした書状を渡せておりませんので、それが済んでからご報告に伺おうかと…… 」
怒ってはいないようだけど、機嫌はあまりよろしくないようだ。表情は穏やかに見えるが、隣にいるコルタス殿下が小さく首を振っていたので、どうにか今の王妃様の心情を把握出来た。ありがとうございます、殿下。
「まぁいいでしょう。聞きたい事は沢山ありますが、先ずは未知の魔物についての報告を改めてお願いします」
「はい。マナフォンでご報告した通り、未知の魔物とはカーミラが造ったガーゴイルで間違い御座いません。ガーゴイル達の目的は二千年前から地中深くに眠るヴァンパイアでしたが、どうやらカーミラはその存在については把握しておらず、魔力を持った何かが埋まっているとしか認識していなかったようです」
「報告にあった新たな魔物…… 確かウェアウルフだったかしら? がそう言っていたと聞いてるわ。その魔物についてももう一度説明をお願い」
「彼等は元はコボルトでして、カーミラによって作り変えられたのだと本人達が言っていました。素早い動きと鋭利な爪と牙が危険ではありますが、真に警戒しなくてはならないのは、人間に擬態し人混みの中へ紛れ込めるという点です。加えて魔力も完全に隠せるので結界の対象にはなりません」
これには初めて聞いたコルタス殿下も領主の顔色が悪くなる。
「じゃあ何か? 人間の姿をした魔物が街を彷徨いてるって言うのか? ヤバすぎるだろ…… 」
「ブフゥ~、結界も無駄であるならば、このインファネースにもいる可能性があるという訳であるな? 」
「確かに、ないとは言えませんが、このインファネースには妖精達がいます。妖精の目は相手の魂を見る事ができ、カーミラの手によって造られた魔物はその魂を魔力結晶で保護する事によって神の監視から逃れようとしていますので、妖精達には魂が見えなくなります。つまり―― 」
「―― 魂が見えない人間がいたなら、それはウェアウルフである可能性が大きいと言う事ですね? 」
「その通りです。王妃様」
成る程、と王妃様は紅茶を一口飲む。静まり返った部屋にカップを置く音だけが響いた。
「ブ、ブフ…… 現在、妖精達からそのような者が見つかったとの話はないが、予断を許さない状況ではある」
領主の言葉に、魔力収納にいるギルが思わずといった感じで呟いた。
『フン、あの羽虫共が真面目に仕事をしているとは思えんがな…… 』
ちょっと、そんな事を言わないでくれるかな? 凄く不安になるじゃないか。
「ウェアウルフについては慎重に対応しなくてはなりませんね。一つ間違えば取り返しがつかなくなるかも知れません。この情報は他言無用です。各国の王に通達し、人々に知られる事なく秘密裏に動かなくてはいけません」
ただでさえ魔王でごたついているのに、更にそんな魔物がいるなんて大々的に発表したら、民衆を不安と混乱に落とすだけだ。
「では、次に転移門の報告をして頂けませんか? 門という事は魔道具なのですよね? 」
転移門についてはエルマンが報告をし、細かな補足説明を俺がする。
「成る程、つまり転移門とは古代の人達が移動用として普通に使われていた技術なのですね? それをドワーフが管理していたのをライルさんが譲り受けたと…… 」
「そんなものまで持っているとはな、それなのに何でお前の店は繁盛していないんだ? 」
コルタス殿下が痛い所をついてくる。取り合えず笑って誤魔化しておこう。
「その転移門を使うのにドワーフの許可が必要だと言う事ですが、それさえあれば国に技術提供をして頂けるのかしら? 」
「ドワーフの王が許可して下されば問題ありませんが…… 現状では難しいかと思われます。私個人で使うのは許してくれましたが、国が関与するとなればまた話が違いますので」
「ドワーフの王はかなりの偏屈者だと聞いてるわ。説得は難しそうね…… それでは、この館と貴方の店を繋ぐ転移門を設置するのはどうです? 」
ここと俺の店を? まぁそれなら別に問題ないかな。むしろ面倒な移動をせずとも領主の館まで来れるのはうれしい。
「はい。それでしたら問題御座いません」
俺の返答に満足したのか、王妃様は微笑みを浮かべ紅茶を飲む。
「なら王城にも設置して貰いたいな。そうすれば安全に王都からインファネースまで何時でも来れる」
殿下…… もしかしてシャロットに会いたいが為の提案じゃないだろうね? 流石に城へ設置するのはどうかと思うよ? ほら、防犯とか色々と問題になりそうだしね。
やんわりとお断りを入れ、明らかに消沈した殿下に、少し考えれば分かるでしょ? と王妃様が追い討ちをかける。可哀相なのでそこまでにして貰えませんか? 見てて居たたまれないよ。
そんな微妙な空気を良い意味でぶち壊してくれたのはアンネだった。
「やぁやぁ、お待たせ! 皆大好きアンネちゃんですよ!! ディアナ、ちゃんとお茶菓子は残してくれてっかな? 」
「お久しぶり、アンネ。ふふ、今日も元気一杯ね」
「あったり前よ! あたしは何時だってテンションアゲアゲじゃあい!! 」
ふぅ…… 今回はアンネの明るさに救われたな。シャロットも部屋に入ってきて殿下を慰めているし、これで報告は終了で良いんだよね? そんな意味を込めてエルマンに視線を向ければ、困ったような顔で頷いてくれた。
後は明日、トルニクスの元首に書状を渡して俺の仕事は終わりだな。