相容れぬ正義 4
酷く疲弊した様子で座り込む義勇兵達の間を歩き、目的の人物へと辿り着く。
「アロルド…… 」
「ん? …… あぁ、クレスか。忙しく戦場を飛び回って疲れているんじゃないか? 休めるときに休んでおいた方がいい。聖剣は確かに強力な武器だが、呼び出している間にも魔力は消費されていく。なのによく魔力が持ったもんだ」
アロルドも聖剣を使いすぎて疲労困憊し、座ったまま僕と話して立ち上がる素振りすら見せない。
「それより聞きたい事がある。今日のあれは何だ? 何故あんな無謀な戦い方をする? 」
「無謀とは心外だな。自分の正義を貫いただけなのに、何をそんなに怒る事がある? 」
「あれが? 仲間に死を強要するのが正義だって? 君は人の命を何だと思っているんだ! 」
命を軽んじるような態度のアロルドに、思わず語気を荒げてしまう。
「集まってくれた仲間達の覚悟を背負うと、君は言ったじゃないか。それなのに、どうしてあんな…… ! 」
「落ち着け、クレス。俺は何も嘘は言っていない。彼等の覚悟を受け止め、共に死地へと飛び込む。それの何処が気に入らないんだ? そもそも俺は彼等に強要なんてしていない。これは自ら望んでいる事だ」
つまり、ここにいる義勇兵達は皆、死ぬつもりで戦いに出ていると言うのか?
「…… そんなの、馬鹿げている」
僕がそう呟くと、座っていたアロルドが立ち上がり鋭い視線を向けてくる。
「馬鹿げているだと? お前は人類の為に命を散らした俺の仲間達を侮辱するのか? いくら勇者候補でもそれは許されんぞ! 彼等は命尽きるその時まで立派に戦ったんだ! 」
「それでも! 命は投げ捨てるものじゃない! 皆生きる為に必死で戦っている。そんな人達を侮辱しているのは君達の方じゃないか! 」
お互いに熱くなり、静まり返った夜の中、僕とアロルドの声だけが大きく響く。
「お前は! 俺が好き望んで彼等にあんな真似をさせていると思っているのか? 分かっているんだよ! これがおかしな事だってのはな! だけど誰かが彼等を纏めなれば、きっと何処かで一人、魔物に挑んで死ぬだけだ。それなら、一つになって大きな戦いに身を投じる事こそ、意義のある死を迎えるのではないのか? 」
そう言うアロルドの目は悲し気だった。そうか、全て分かった上で、君は彼等を率いると決めたんだね? だからと言って、僕は賛同出来ない。
「勇者とは、皆を守り導く者。決して死に誘う存在ではない。彼等の事情は分からないけど、それでも強く生きて、次の命へと繋いでほしい」
「綺麗事だな…… 平和とは、無数の屍を積み上げて成すものだ。過去から続く多くの者達の死が、今までの平和な世界を支えている。犠牲無くして真の平穏はない! これは既に歴史が証明している。今回の戦いで散った命も、平和の土台となる」
「確かに、アロルドの言うように悲惨な戦いの歴史はある。だけどそればかりではない筈だ。戦争が終わっても人々の戦いは終わらない。明日を生きる為に荒れた土地を耕し、麦を作り、少しずつ平穏な暮らしが出来るようにとしていかなければならないんだ。戦争に勝つ事ばかりではなく、その後も考えなくてはいけない。僕達が戦争に勝利しても、死んでしまったらどうやって平和な世を築く? 戦って死んでも、そこで終わりじゃない。残された人達も、自分も、救われない。君達には守りたいものがあると言っていたじゃないか…… 生きて最後まで守ろうとは思わないのか? 」
「クレス…… お前のそれはただの理想だ。いい加減現実を見ろよ。生きる為だとか、死ぬつもりで戦うとか、どちらも死ぬ時は死ぬ。例え勇者になれたとしても、全てを救うことは不可能だ。そんなの夢物語なんだよ」
「…… 僕はそんな夢物語の勇者を目指しているんだ。だから、君達の考えを認める訳にはいかない。決して死は、望むものではない」
「甘いな…… そんな空想の存在にはなれやしない。お前のその考えこそ、危険ではないのか? 」
僕とアロルドはお互いに見詰め、無言になる。何処まで行っても平行線。もう僕達が交わることは無いのだと、アロルドの眼が物語っていた。
どのくらいそうしていただろう? 先に目を剃らすのが嫌で、暫くアロルドと向かい合っていると、一人の兵士がこれからの事を話し合いたいから、明日の朝に前線基地の指令本部までくるようにとの通達で、やっとお互いに視線を外す事が出来た。
明日も朝が早い。もう休んだ方がいいな…… なんて考えていると、アロルドが口を開く。
「お前とは、上手くやっていけそうだと思っていたのに…… 残念だよ」
「…… 僕もだ」
僕は踵を返し、冒険者が集まっている場所へ歩き出す。
はぁ…… 現実とは斯くも厳しく残酷なもの。そんな中で甘い考えを持つ事は害となるのか? 僕はこのまま理想を追い続けてもいいのだろうか。
ライル君なら、あの場合アロルドになんて言うのかな? 結局僕は自分の正義を押し付けただけ。アロルドと何ら変わらなかった。
「どうした、クレス。らしくないぞ? 散々馬鹿にされ、笑われても、諦めて来なかったじゃないか。例え全ての者がクレスの夢を否定しようとも、クレス自身が己を信じられなくなったとしても…… 私一人でもクレスを信じ続ける! 」
「…… レイシア、私もいるから二人よ」
「むっ? そうであったな、これは失礼した」
そうだった。こんな僕の夢を本気で信じてくれている人が二人もいるんだ。その事実が僕の沈んだ心を引き上げてくれる。
「レイシア、リリィ…… ありがとう。そうだね、ここで躓いてなんかいられない」
アロルド…… 君には君の、僕には僕の正義がある。それは決して交わる事はないだろう。だけど、魔王を倒すという目的は同じ。何れまた衝突するかも知れないけど、僕だって譲れないものがある。だから明日も、僕は皆を守る為に戦うよ。