相容れぬ正義 2
行進を止めた魔王軍と対峙する僕らに息苦しい緊張感が漂う。自分の心臓の鼓動が五月蠅いほど体中に響き、兵士や冒険者達の荒い息遣いがやけに大きく聞こえてくる。
対する魔王軍の方からは、刺すような殺気と気味の悪い鳴き声が耳に届く。
これ程の魔物と対面するのは初めてで、恥ずかしながら少しだけ恐怖を感じてしまった。魔王を討つと意気込んでいたのに、何とも情けないよ。
この異様な空気を打ち破ったのは、いつの間にか義勇軍の前に歩み出ていたアロルドだった。
「聞け! お前達は何の為にここまで来た? 思い出せ!! 己が守るべきものを…… 俺達は覚悟をもって此処にいる! 今更何を恐れると言うのだ!! 」
アロルドの言葉に義勇兵達の目に光が灯り、一人、また一人と声を上げる。それは周りにも伝い、やがて冒険者、兵士、全ての者達が魔物の恐怖から解放されていく。
そして人間達の気迫に呼応するように、魔物も咆哮を上げ始める。
もう何時戦いが始まってもおかしくはない。そんな中、アロルドの周りに水が生まれ、右手に集まっていく。大きな塊となった水が弾け消えた先に、一本の剣をアロルドが握っていた。いや、あれは剣と呼べるのだろうか? 刀身は両刃で剣先は細く尖っていて、柄は異様に長い。まるで剣と槍が合わさったような武器だ。あれが水の勇者候補に与えられた聖剣か。
「恐れるな! 今こそ俺達は一つの激流となりて、魔物を一匹残らず押し流すのだ!! 後退など考えず、命ある限り前に進め! お前達の死が、平和の礎となる! これが、開戦の狼煙だ!! 」
その槍のような聖剣を持つアロルドが大きく踏み込み、前方でまだ咆哮を上げている魔物に向かって投擲した。
水を纏った聖剣が凄まじい勢いで飛んでいく。先頭にいるゴブリンを鎧ごと貫いてもまだ止まらずにそのまま魔物達を穿ち、近くにいた魔物を纏っていた水が包むと瞬時に凍り閉じ込め、氷漬けになった魔物が粉々に砕け散った。
これを合図に各軍から号令が響き、一斉に矢が放たれる。
魔王軍も負けじと突進を始め、矢に刺さり倒れようとも勢いは止まらない。
リラグンドが用意した弩砲で近付いてくる魔物が次々と討たれていくが、数が多くて接近を許してしまう。
「迷うな! 臆するな! 今こそ俺達人間の力を示す時…… 俺に続けぇぇ!! 」
―― ウオォォォオオオ!!!! ――
アロルドと義勇兵、各国の援軍、そしてリラグンドのゴーレム兵が突撃を開始し、先頭のゴブリンとぶつかる。
「クレス! 私達も行くぞ!! 」
レイシアの言葉にハッと我に返る。なんて事だ、だからアロルドが集めた義勇兵達の士気は高かったのか…… 彼等は初めから死ぬつもりで此処に来ている。
駄目だ…… 守りたいものがあるのなら、生きて最後まで守り通すべきなんだ。命は捨てるものではなく、生きて次に繋げなければならない。
それなのに、自ら死へと飛び込むように先導するなんて…… アロルド、これが君の貫くべき正義なのか? 僕はそんな正義を認める訳にはいかない!
「行くぞ! 僕達で魔物を倒し、一人でも犠牲者が出ないようにするんだ!! 」
そうだ、僕達で一体でも多く倒せば、それだけ犠牲になる者が減る。光の属性神に授かったこの力で、目の前の命を守るんだ!!
僕はスキル、光の聖剣を発動する。魔力が光へと変換され収束し、一本の剣と変わる。
顕現した光の聖剣を手に、魔法で体に光を纏わせ光速で魔物達の前まで瞬時に移動する。
「食らえ! これが、僕の新たな力だ! 」
ひと度聖剣を振れば、光輝く衝撃が後方の魔物を巻き込み包む。後に残るのは高温で焼かれ真っ黒になった魔物だけ。
光の聖剣の効果で僕の光魔法は強化され、少しの魔力でも十分な威力となる。
これなら、いける! そう思ったのも束の間、空からハルピュイアが襲ってくる。鳥の翼と下半身と人間に似た上半身を持つその姿は、酷く醜く知能も低いが空を飛んでいるのはそれだけで厄介だ。
弓兵がハルピュイアを落とそうと矢を放ってはいるけど、接近されれば危険である。
僕はまた光速で飛び上がり、ハルピュイアを切り裂いては光を纏い空中を光速で移動しつつ、空にいるハルピュイアと虫の魔物を仕留めていった。
地上ではレイシアとリリィが他の兵士達と共に魔物を倒しているのが見える。
後方からの矢と魔法による遠距離攻撃が魔王軍に容赦なく降り注ぎ、その数を減らしていく。
だが、数だけは多いゴブリンにシールドアントとソルジャーアント、その後ろに続くのはオーガ。しかもまだ後ろにはトロールとアラクネといった危険な魔物が控えている。それに加えてシューターアントによる蟻酸の雨が、後方にいる魔術師と魔法士を襲う。リラグンドから持ってきた結界の魔道具でどうにか防いではいるけど、何時まで持つかは分からない。
今のところ僕達が有利に事を運んでいる。魔物達の統率力を見れば、それを指揮する魔物がいるのは明白。このまま攻めて魔物側の指揮官を仕留めれば、この統率も崩れるだろう。
そう思い攻め込もうとした時、奥にいるトロールが動きを見せた。
動きは鈍重だが、その巨体故に怪力なトロールが何やら丸い岩のような物を投石機に取り付けては、遠くへと投げる。
投石機によって曲線状に飛んでいく丸い物体は、前衛を通り過ぎ本隊中央へと落ちる。それだけなら結界で防げるが、落ちてきたのは岩などではなかった。
あの丸い物体には見覚えがある。嫌な予感がして僕はすぐに戻る事にした。あれが僕の予想通りのものだったら、とても危険だ。
結界に弾かれ弓兵の陣地に落ちた丸い物体は、真ん中から亀裂が入り開いていく。中には無数の足がワサワサと蠢き、長く鋭い触角を伸ばす。
くっ! まさか投石機で岩ではなくポイズンピルバグズを飛ばしてくるとは…… ポイズンピルバグズの触角から逃れようと、弓兵は隊列を乱してしまう。
突然空から降ってきたポイズンピルバグズに混乱している中、尚もトロールは投石機で追加を投げてくる。
どうする? あの投石機を壊すのが先決か、それとも彼等を守るべきか…… くそっ! 迷っている時間なんて無い。とにかく人命を優先しよう。