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「ライルさんのお考えは分かりました。その転移門とやらを設置した後の利点も理解出来ます。此方としては十分過ぎるほどの利益になる事でしょう…… しかし、その転移門は余りにも危険です。誰でも使えるという事は、私の邸を完全に解放しているのと同義。善からぬ輩が邸に侵入する恐れもあるのですよね? 私は家族の安全を守らなくてはなりません。そこの所はどう保証してくれるのですか? 」
うん、流石はエルマン。転移門の有用性だけに注目せず、その危険性にも気付いてくれた。そうでなくては彼に転移門の事を話した意味がない。
「先ず初めに、私の店は強固な結界に守られておりますので、外からの侵入は不可能です。それに他の転移門を利用されているのは、他種族の人達と一部の教会の者だけで人に危害を加えるとは考えにくい。むしろ危惧する所はエルマンさんの転移門から私の店に侵入される事にあります」
「そこは責任をもって信用出来る者達だけで管理すると約束致します。ですが、転移門を使用するにあたっての問題はもう一つあります。関税はどうなるのですか? もしかして…… 」
うん。別に税関を通る訳でもないし、バレなきゃ払わなくても良いのでは? ってのが俺の考えだ。それか王妃様にお願いして目を瞑ってもらおうかとも思っている。そうする事で諜報員であるエルマンが人知れずリラグンドに移動出来る手段が手に入るのだから、協力してくれるかも。
しかし、信用を重んじるエルマンは関税を払わず商品を他国に持ち込むのに抵抗があるみたいで、頭を抱えていた。これから得るであろう多大な利益と、今までコツコツ積み重ねてきた信用とでどちらを取るか悩んでいるみたいだ。
「ライルさん。因みにですが、いくら程の値段で仕入れようとお考えで? 」
「最低でも適正価格の半額でお願いしたいところではあります」
「半額? それちょっと欲張り過ぎではありませんか? 此方も危ない橋を渡るのですから二割減でどうです? 」
「それでは店で安く提供する事が出来ません。どうにかなりませんか? 」
こればかりはこっちも譲れないものがある。普通ならここで値段を徐々に刻みつつお互いに落とし所を決めていく訳だが、俺が望むのは最低でも半額、それ以下は望まない。
「困りましたね…… では、一つ等級を落としたものを仕入れるのは如何です? 何も最上級でなくとも味は良いですよ。これならライルさんが望む仕入れ額まで下げられます」
一つランクを下げた肉か…… 確かに、値段での妥協が難しいのなら肉を妥協するほかないとは思うけど、本当にそれで良いのか? 何か引っ掛かる。
「…… もしかして、北商店街に最も等級が高い肉を卸そうなんて考えているのではないでしょうね? 」
「まぁ…… 高く買ってくれそうな所に売り込むのは、商人として当たり前なのでは? それに、余り安くし過ぎると商品価値が下がってしまい、酪農家の方々に会わせる顔がありません」
くっ! そうだよな、然るべき所に買ってもらうのは普通だ。だけど、それだと態々トルニクス産にした意味はあるのか? また北商店街に良いところを持って行かれてしまう。
だが酒場や宿で出す為には、それに見合った値段でなければならない。冒険者に限った事ではないけど、大体の人は安い方へと手を伸ばす傾向があるからな。
「ライルさん。等級が違えども同じトルニクス産には変わりありません。生産地を偽っている訳ではないので話題にはなりますし、北商店街で儲けを出した分、今後そちらには安くご提供する事が可能になるかも知れません」
「でしたら同じ等級の物でも良いではありませんか」
「それだと北商店街の代表が納得してくれないでしょう。同じ肉なら安く出す南商店街に人が集まるのは明白です。そこは区別出来た方がお互い軋轢を生む事もありませんよ? 」
エルマンの中で、既に北商店街で肉を売るのが決まっているみたいだ。う~ん…… パッケージに偽りがないのなら、別にそれでも良いのかな?
「しかし関税の件を王妃様に目を瞑って頂けたとしても、どうにも気が引けますね…… これが公にでもなってしまったら、私共の信用は一気に地の底ですよ」
おや? てっきり腹を括ったかと思ったら、まだ悩んでいるようだ。やっぱりこの話は無かったことに―― なんて事になってしまったらいけない。ここで後一押しする必要がある。
出来ればこの手は使いたく無かったけど、中々踏ん切りがつかないエルマンの背中を押すためには致し方ない。
「エルマンさん…… この取り引きは娘さんの為でもあるのですよ? 」
「ソフィアの? それはいったい? 」
「娘さんは大層アンネと仲がよろしいですよね? しかし、一緒にいられる時間は限られています。何れ訪れる別れに、どれ程心を痛めるか…… しかし、この転移門があれば何時でもインファネースへ足を運べ、アンネや妖精達と遊べるのです。エルマンさんだって寂しい思いをさせてしまっていると言っていたではありませんか。これなら娘さんは父親と会えない寂しさを紛らわせるというもの。それにいざという時、私の店を退避場所にも出来ます。ここも絶対に安全とは言い切れません。何時魔王の被害に遭うか…… 他種族が多く集まり、王妃様までも滞在なさるインファネースならば、少なくともここよりかは安全だと自信をもって言えます」
エルマンが如何にソフィアを大切に思っているかは、今までの彼を見ていれば分かる。利益と信用ではなく、家族の安全と商会の信用を天秤にかけるよう誘導すれば、子煩悩であるエルマンなら多少利益を度外視してでも、この話に乗ってくる筈だ。
『子供を利用して密輸を迫るとは…… 相棒も相当な悪党だな! 』
『ライル様…… いくらなんでもそれはどうかと思います』
おいこら! 人聞きの悪い事を言うんじゃないよ。アグネーゼがドン引きしているじゃないか! 確かにテオドアの言う通りではあるけれども、それを態々口に出さなくても良くないか? 俺だって子供をダシに使いたくは無かったけど、あの子の為だと言った言葉に嘘偽りはない。
家族の事を持ち出されたエルマンの顔は、明らかに動揺していた。仕事で頻繁に家を留守にするので、妻と子が安全に退避出来る場所があるというのは、それだけで安心感がぐんと増す。
長い沈黙の末、エルマンは答えを出した。
「…… 分かりました。ライルさんの話に乗りましょう。ただし、王妃様の許可を頂けるが必須条件です。私は大恩ある王妃様へ不義理を働く訳にはいきませんので」
「なら、今お伺いしますね」
俺はマナフォンを取り出して王妃様のマナフォンに掛ける。俺とエルマンの説明を一通り聞いた王妃様は、意外にもあっさりと許可して下さった。聞けば王族が個人的な理由で税を免除するのはそう珍しい事ではないらしい。
「戻ってきたら詳しく報告してもらいますからね? 」
マナフォンを切る前に聞こえた王妃様のその言葉に、えも言われぬ恐怖を感じたのはきっと俺だけではないだろう。何故なら隣にいたエルマンもぶるりと震えていた。
と、とにかくこれでエルマンとの取り引きは成立した事になる。後は話を詰めて準備するだけ。彼の考えが変わる前に、明日には転移門を設置して逃げ道を塞いでしまおう。