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エルマンの部屋へは俺だけで向かい、エレミアとゲイリッヒには客室に戻ってもらった。ここからは俺とエルマンのタイマン勝負だ。
扉を開けて中へ入れば、ソファと机だけのシンプルな内装だった。奥の壁には入り口と別にもう一つ扉が付いていて、その先が寝室となっているらしい。
「どうぞ、お掛けください。ただいま水を用意致しますので、雑談でもしながら酒精を抜いていきましょう」
メイドさん達がコップと水差しを、対面する俺とエルマンの間にあるテーブルに置いて水を注いでくれる。
本来、アルコールは飲んですぐに血液へと溶けるから、水で薄まるなんて事はないんだけど、まだ医学が発展していないこの世界ではそう思われても仕方ないか。それに丁度水で気分を落ち着かせたいと思っていたしね。
「あれから光の勇者候補であるクレスさんから連絡はないのですか? 」
「えぇ、もうすぐ魔王軍との戦いが始まるような事を言っていましたから色々と忙しいのではないかと思いまして、此方からも連絡を控えているんですよ」
「そうでしたか。私の方では、既に軍が前線基地から戦場予定地のラウドリンク平原へと行進を始めたそうですので、今頃はもう到着して諸々の準備も済んでいる頃かと…… 開戦するのも時間の問題ですね」
エルマンの情報では明日にも戦いが始まりそうだな。各国からの増援部隊に支援物資、それに勇者候補が二人もいるんだ。滅多な事では負けるなんて思えないけど。
本当なら俺達もそのラウドリンク平原に行って、クレス達と共に戦うべきなんだろうが、これは人間に課せられた試煉であり、調停者が関わるのは神の意に反すると言ってギルがそれを許してくれない。
本当に人間側が滅亡してしまうぐらいのピンチにでもならないと手を出してはいけないのだそうだ。
ギル達に戦う気が無いのなら、俺が戦場に赴いた所でやれる事はたかが知れている。
さてと…… いい感じに落ち着いた所で、そろそろ本題に入りましょうかね?
そんな俺の雰囲気が伝わったのか、エルマンも顔を引き締めた。
「出来ればエルマンさんの所から定期的に肉の買い付けを行いたいのです」
「…… 此方としても出来るだけライルさんの要望にお応えしたくはありますが、商品の運搬はどの様にお考えなのですか? いくら私供でも、トルニクスからリラグンドまでかなりの距離がありますので」
「はい、そこで提案をしたいのですが…… この邸の地下に転移門を設置するというのは如何です? 」
「はぁ…… ? 転移門、ですか? 」
俺はエルマンへ転移門について詳しく説明する。もうリラグンドは魔王軍との戦争で転移魔術を各国に公表しているので、こっちも隠す必要はないだろうと判断した。ただし転移門はドワーフが管理する技術であるから、設置、使用するにはドワーフの許可が必要であると付け加えておく。そういう事にしておけば、おいそれと技術提供の要求はできないだろう。
「成る程、リラグンドが転移魔術を実用化するのに成功したのは聞いていましたが、そんな物まであるとは…… では、それさえあれば私の邸とインファネースにあるライルさんの店まで空間を繋ぎ、瞬時に移動出来る訳ですね? 正に夢のような話ですな」
「はい、そうなればエルマンさんは好きな時にインファネースに行けるようになり、新鮮な魚介や先程の食事で提供したエルフ産のワインとデザートワイン、ドワーフが作る武具や工芸品を仕入れる事も可能となります。その代わり、運搬費は掛からない訳ですから、その分トルニクス産の等級が高い牛肉と豚肉を多少安く仕入れさせて頂ければと考えております」
「…… 此方としても損は無い話ですが、ライルさんのお店は雑貨屋ですよね? 肉の販売も始めようと言うのですか? 」
「いえ、私の店では売りませんよ。インファネースには、四つの区画に其々商店街があるのですが、私のいる南商店街は他の商店街と差をつけられてる状況でして…… トルニクス産の肉を宿屋の食堂や酒場のメニューに加えられたらと思っております」
そう、新鮮な魚介が揃い、尚且つ貿易港や漁港を取り締まる東商店街。貴族街が近い為、貴族御用達の高級店が建ち並ぶ北商店街。住民達のニーズに応える西商店街。
何れもターゲットやコンセプトがしっかり定まっており、安定した利益を生んでいる。それに比べて南商店街は、これといった強みが無い。最近は色々な店ができてはいるけど、皆其々好きな事をしていると言った感じで纏まりがないのだ。大半の客は酒場や宿を利用する冒険者や他所から来た人達なので、ブランド肉を使用した料理をそこで出して話題性を高めようと考えた。
北商店街のような高い店ではなく、良い肉を安く提供する事で、魚介を専門とする東商店街や住民達の生活基盤となる西商店街との差別化も図れる。
対してエルマンは、自由にインファネースへ行き来する事が出来るようになる。これがどれ程大きな利点になるか、彼なら十分過ぎるくらいに理解している筈だ。
その証拠にエルマンは眉間に深い皺を寄せている。たぶん徐々に話を詰めていき、自分に有利な条件に持っていこうと画策していたが、いきなりこんな話をぶっ込まれて困惑しているのだろう。
言うなれば切り札を初手で切るという暴挙に出たのと同じ。恐らく相手はそう思っているのではないだろうか。しかし、本当の切り札を別に用意している事は、流石のエルマンでも予想してはいまい。
余裕の笑みを浮かべる俺に、エルマンの眉間の皺は益々深くなる。