戦乱の訪れ 3
前線基地から少し離れた場所、総司令官と何名かの兵士の前でヘングリットさんが転移魔術の術式を刻んだ魔石を取り出した。
「で、では、先に説明した通り、私は一旦、王都へ戻りますので、今しばらくお待ち頂きたい」
魔術を発動させると、手に持っていた魔石が粉々に弾け、ヘングリットさんの目の前で人一人が通れるくらいの穴が空間に開く。穴の向こうには予め設定していた王城にある練兵場が見えていた。
初めて見る転移魔術に総司令官と兵士達が驚嘆する中、ヘングリットさんはさっさと穴を通って行き、すぐに閉じてしまう。
「あの穴の先に見えていたのが、王都の何処かなのだな? まさかリラグンドがこんな魔術を持っているとはな…… 今は頼もしいが、これが平時であっなら気が休まらんな。それで、このまま待っていればいいのか? 」
総司令官は僕に聞いてくるけど、僕も魔術はそんなに詳しくないので、説明はリリィに任せる。
「…… 先程見てもらったように、ここの座標をヘングリットが持っていた魔力結晶に登録した…… それをリラグンドの王都側から使う事で、此処へ援軍と物資を一気に運ぶ手筈となってる」
「ふむ、しかしだな。部隊の編成には時間が掛かるものだ。今からでは今日中になど無理だと思うがな。君達が王都から出て今日までずっと待機させておく訳にもいかんだろ? 」
そう、これから王都にヘングリットさんが報告し、部隊を集めていたのでは時間が掛かり過ぎる。しかし、司令部で何度も実験を繰り返してきたと言っていたと思うが、何も実験は王都の研究所でしていた訳ではない。実はこの旅の中で、転移魔術がどのくらいの距離まで支障もなく使えるのか試していたのだ。
リリィとヘングリットさんがいれば、魔石がある限り転移魔術は発動できる。それを使って頻繁に進行状況の報告をし、この前線基地に向かう寸前までいた村で、既に王都で部隊を集めて待機して貰っている。後はヘングリットさんが彼等を転移魔術で連れて来てくれるだけ。
「成る程、それであんなに自信があった訳か」
総司令官が感心していると、周囲の空気が変わった気がした。魔力が転移場所に設定した所に集まっていく感覚を覚える。隣のリリィに目を向ければ、確りと頷いてくれた。
ライル君やエレミアのように、僕達に魔力は見えない。いや、普通なら魔力なんて見えないものだけど。とにかく、魔力というのは見るものではなく感じるものなのが一般的だ。特に魔術師はその感覚に優れていると聞く。その魔術師であるリリィが空間に集まる魔力を感覚的に捉えたのだから間違いはない。
転移場所に設定した箇所の空間が歪み、巨大な穴がゆっくりと開いていく。先程ヘングリットさんが通ったものより随分と大きい。その迫力に、然しもの総司令官も緊張の色が隠せない様子。僕もこんなに大きいのは初めて見る。
「こ、これは大丈夫なのか? 何故こんなに大きくする必要があるのだ? さっきのような小さいものでも十分だろうに」
「…… 理論上では何も問題はない。大きさもあれ位でないと軍隊のような大人数を一度に移動させるのに効率的ではない。…… 王城に保管してある魔力結晶に術式を刻む事で、ここまで大きく出来た。…… 通常の魔石や魔核では、術を発動させてもすぐに壊れてしまうので、魔力的にも非効率」
リリィが説明している間にも、続々とリラグンドからの援軍が大穴を通ってこの地へやって来る。それをシュタット王国の兵士達は複雑な面持ちで見守っていた。
もしこれが援軍ではなく、普通の戦争に使われていたらと思うと、素直に喜べる筈もない。旅の途中でヘングリットさんが言っていたように、他国の者達が集まるこの地で転移魔術を発動させて、リラグンドの優位性を見せ付ける思惑もあるらしい。
予定の援軍と物資を積んだ複数の馬車が、基地の近くで隊列を組む。突如として現れた軍隊に、基地内部が騒がしくなるのがここからでも分かる。
そんな光景に誰もが開いた口が閉じられない状況の中、一人の兵士が此方へ歩いてきた。
「貴方が総司令官のグレゴリウス殿でありますね? 自分はこの隊の司令に任命されたハンクと言います。これより我らは一時的に貴方の指揮下に入ります。共に魔王軍と戦いましょうぞ! 」
「う、うむ…… 良く来てくれた、ハンク殿。リラグンドの厚意、感謝する」
若干顔が引き吊っている総司令官とは逆に、ハンクさんはしてやったりと晴れやかな表情をしていた。
ヘングリットさんの姿が見当たらないけどあの人の事だから、この大規模転移に成功したので、もう興味は尽きてあのまま王都の研究所に戻ったのだろう。そういう人なのだと、旅を共にしていて何となく分かった。
これで僕らの役目は終了だ。ここからは全てハンクさんに任せて、僕達は他の冒険者と同じように魔王軍との戦争に参加するだけだ。
「何だか外が騒がしいと思ったら、お前が原因か…… で? あんたはどの属性神に選ばれたんだ? 」
前線基地へ戻ると、人混みの中で僕と同じくらいの青年に話し掛けられた。
いきなり僕が勇者候補だと断言してきたのでリリィとレイシアは驚いていたけど、僕は平然としている。何故なら、僕も彼が勇者候補だと分かっているから。どうやら勇者候補同士で通じ合う何かがあるようだが、どの属性神に選ばれたかまでは分からないらしい。
きっと彼が、ライル君の言っていた水の勇者候補なのだろう。これから探して会いに行くつもりだったので丁度良かったよ。