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意外にも俺の魔力収納は冒険者達にすんなりと受け入れられ、旅は順調に進む。生き物さえも収納してしまう力に、もっと警戒するもんじゃないのか? 小休憩をしている時に、冒険者達のリーダーにそれとなく聞いたところ、
「あ? エルマンさんの空間収納より凄いスキルってだけのことだろ? そんなので一々疑ってたら疲れちまうよ。それに短い付き合いだけど、お前には命を救われたし信用できるという結論に至った。今回のヴァンパイアは相当ヤバかったからな。流石にあれは俺らも死を覚悟したぜ。まぁ、それにだ…… その魔力収納にいるヴァンパイアを倒してしまう程の奴等をだな、警戒したところで俺らが抑えられる気がしない。つまりは開き直っているのさ」
そう言って笑う彼につられて、話を聞いていた他の冒険者達も違いないと笑顔で言う。自分の理解が及ばない力を前に、彼等は一種の悟りを開いたようだ。
村を出て最初の野宿、気合いの入ったアグネーゼが魔力収納の中で料理をする。
『戦えない私では、こんな事でしか皆さんの役に立てませんので…… せめて美味しい食事で英気を養ってもらおうかと思いまして』
今でも十分役に立っているよ―― そう声を掛けようしたが、真剣な表情でキッチンに立つアグネーゼを見て、言葉を飲み込んだ。安易な台詞では却って彼女を追い込んでしまうかも知れない。最近のアグネーゼは自分が貢献出来ていないと焦っているようにも見える。こんな時、どう言ってあげれば彼女を安心させられるのだろうか? 前世からの女性付き合いが乏しいのが仇となったな。
「美味い! 美味いよアグネーゼちゃん! うぅ、こんな美人の手料理が食えるなんて…… 冒険者続けてて良かった」
「野宿で食べるようなものじゃねぇな。いったい何処の店から持って来たんだってくらい手が込んでいる」
アグネーゼ渾身のチキンストロガノフに、冒険者達と商会の人達のテンションは上がる。
その中で一人面白くない顔をしているのがエレミアだった。
「私の時とは違って大層な喜びようね…… 別に良いんだけどさ、なんか私の料理が不味かったのか思って釈然としないのよね」
いや、キッチンもなく限られた調理器具で、あそこまで出来たのは凄いし、あの鍋だって皆美味しいって喜んでいたよ。いたのだけれど…… 男って奴は単純な生き物をだからさ、アグネーゼみたいなおっぱ―― じゃなくて可憐な人に優しくされたら、舞い上がっちゃうのも無理ないよ。
『おっぱいよ! あいつらは料理の味なんかどうでも良くて、乳がデカけりゃそれで満足なのよ!! まったく、これだから男って奴は! 』
「やっぱり、そうだったのね…… 」
アンネめ、ハッキリと言ってくれたな? ほら見ろ、エレミアが自分の胸に手を当てて、今も美味しいとアグネーゼを誉め称えてる冒険者達に、思いっきり顰めっ面して睨んでいるじゃないか。
「あのさ、エレミア。アンネのは只のやっかみだから、真に受けない方が良いと思うんだけど? 実際に料理も旨かった訳だし、そう簡単に決めつけるのは良くないぞ? 」
「…… ライルも、胸がある方が嬉しいの? 」
はい? そりゃまったく無いより多少はあった方が良いとは思うけど、俺の場合は先ずヒップラインに拘るので胸は二の次なんだよね。
「正直なところ、どちらでも良い。俺は胸のサイズで女性の善し悪しを決めたりはしない。もっと別の所を見てるからね」
お尻が好きなので―― 等と言えない俺に、エレミアは満足そうに頬笑むが、何故か罪悪感が湧いてまともに顔も見れないので、そっと目を逸らした。
『あたしはそんは言葉に誤魔化されたりはしないわ! もう我慢出来ねぇ、突貫じゃあ! 』
怒りに駆られたアンネが魔力収納から飛び出す。
「おどりゃあ! そんなに乳がデカイのが良いのか! 下心が丸見えでキモいんじゃ、ボケェ!! 」
「うおっ!? ゴーレムに乗っていた妖精か? 」
「何でそんなに怒ってるんだよ? さては、自分の胸が小さいのを気にしてるのか? 」
「ハハハ! 胸が大きい妖精なんて、バランスが悪過ぎるだろ」
好き勝手言われているアンネは、顔を真っ赤にしてプルプルと震えていた。
「んにゃろー! 誰があんな脂肪の塊なんかいるかっての!! てめぇらの飯なんか、こうしてやらぁ!! 」
自棄になったアンネは、冒険者達の食事に飛び込んで野獣の如く食い尽くしていく。日が沈んだ空に、男達の悲鳴と怒号が響いた。
「いやぁ、ライルさんの仲間は実に個性的で楽しいですね。こんなに賑やかな野宿は初めてですよ」
周囲の喧騒に捲き込まれないよう、俺の所に避難してきたエルマンがニコニコと愉しげにアンネ達を眺めている。お騒がせして申し訳ないです。
「馬車の乗り心地はどうでした? 何かご不満な所はありませんか? 」
「いえ、ラインさんが取り付けたサスペンション? でしたか、それのお陰で揺れがだいぶ収まり、随分と快適になりました。それとサンドワームの皮で作ったクッションも、早速使わせて貰っています。お蔭で腰の痛みも和らぎ、感謝しております」
ふぅ、良かった。村で休んでる時に、エルマンの馬車を改造したのだが、テストをする暇があんまり無かったからな。満足してくれたようで安心したよ。
「ところで話は変わりますが、仲間からの報告では水の勇者候補がシュタット王国に着いたようです。魔王軍もすぐそこまで迫ってきているみたいですし、両軍がぶつかるのも時間の問題ですね」
そうか、確かクレス達もそのシュタット王国に向かっているんだった。まぁクレスの事だから心配はいらないだろう。エルマンの言葉を借りるなら、光の勇者候補だからね。
そう思っていると、マナフォンが震え出した。
おや、こんな夜に誰だ? ちょっと失礼―― と、エルマンから離れてマナフォンに出る。
「やぁ、ライル君。調子はどうだい? インファネースは変わり無いかな? 」
噂をすればなんとやら、マナフォンから聞こえるのはクレスの声だった。