61
それから俺達は村を発つまで疲れた体と心を休ませた。まさか調査に出たつもりが解決してしまうとは思っておらず、報告を受けた村長はそれはもう大いに喜んだ。
ギルドに頼むつもりで貯めていた金を払うとまで言って来たが、エルマンと冒険者達は、何も出来なかったからと辞退して俺に全てを譲ってくれた。
だけど、此方の被害もほぼ無いようなものだし、そのお金は村の為に使って貰うよう、丁重にお断りする。
ガーゴイルとウェアウルフはバルドゥインが原因で此処に来た訳で、しかも目覚めたバルドゥインに恐れをなして逃げ出すばかりか、結局仲間として迎え入れてしまっている。なんと言うか…… マッチポンプ臭が酷くてとても受け取れる気分では無かったのが本音である。
そして二日後には村長や村人から感謝されつつ村を出発して首都へと向かう。
御者台に乗るのは何時も通りゲイリッヒで、馬車には俺とエレミア、それとオルトンもいる。
「首都へ行き、王妃様からの書状を国家元首に渡せば今回の任務は完了でありますな。ライル様がいいように利用されたように思えて納得はいきませんが、此方の戦力が大幅に強化されたのは大きな成果と言えましょう。まぁ、それがヴァンパイアだと言うのが気に入りませんが…… 」
アグネーゼと似たような事を言ってるよ。やっぱり教会の人達はアンデッドに対して良い感情は抱いていない。
一方俺はアンデッドというかヴァンパイアの印象が少し変わった。叔父が望んだ事ではないにしろ、偶発的にヴァンパイアという種族を誕生させてしまった。言うなればヴァンパイアは叔父がこの世界で生きた証しでもある。そう思うと複雑な気分だよ。
「それにしても、カーミラは一体どれだけの魔物を造っているのかしら? あのウェアウルフという魔物も、元はコボルトだと自分で言ってたわ。前にクレスから多くのコボルトが忽然と姿を消したと聞いたけど…… それが全部ウェアウルフに造り替えられているなんて事はないわよね? 」
そうなんだよな。どれだけのコボルトが消えたのか分からないけど、あの三体だけなんてのは考えにくい。魔力を完全に隠すのは卑怯だよ。これじゃ、俺とエレミアでも見つけるのは困難で、しかも人間に擬態するのも危険だ。こんなのがいると大陸中に知れ渡ってしまったら、混乱どころの話ではない。
隣にいる人物がウェアウルフかも知れないという恐怖と疑心で人々が互いに信用出来なくなり、魔王の進行を止める事が困難となってしまう。これは公にしてはいけない案件であり、それを知った王妃様がどう出るかでこれからの戦況が大きく変わっていくだろう。
『かつては魔王となった御方の為に人間と対立していた私達が、今度は我が主の為に魔王と戦う事になろうとは…… 感慨深いものがありますね』
御者台から此方の会話を魔力念話で聞いていたゲイリッヒが、染々と呟き、バルドゥインがそれに応える。
『フン、俺達がやるべき事は、昔から変わらない。ただ王の為に、この身を捧げるのみ。魔王だろうが、カーミラだろうが、王の敵なら排除するだけだ』
そんなゲイリッヒとバルドゥインの会話にアグネーゼが割り込む。
『しかし、魔王側にはヴァンパイアもいると思われますが、どうするのですか? 』
そう、ヴァンパイアは魔物として世界から定義されてしまっているので、魔王による支配は有効である。このまま魔王と対立していけば、いずれ魔王に支配されたヴァンパイアとぶつかる事になるだろう。
『それこそ無駄な心配というものだ。先代の王を忘れ、己の欲望のままに生きる愚か者共と、俺達を一緒にするな』
『その通りです。同じヴァンパイアでも、我が主に仇為すのなら容赦はしません。それと、私達二人がこうして揃ったのですから、どうせなら彼女も我が主と引き合わせたいですね』
うん? ゲイリッヒが言う彼女とは、たぶん三人いる最古のヴァンパイアの事だよな?
『…… ? 彼女とは、誰だ? 』
『あぁ、言ってませんでしたか? クリュティエですよ。もう当時から生きているヴァンパイアはこの三人だけとなってしまいました』
『あの女か…… 俺は反対だ。あんなのを王のお側に置きたくない』
『まぁ、多少不安な所があるのは認めますが、彼女の力は我が主の役に立ちます。引き入れて損はありませんよ』
バルドゥインが反対するようなヴァンパイアか、どんだけ危険なんだよ…… 逆に見たくなるな。決して女性だからという理由ではないよ?
「はい。これで傷は治りましたよ」
「おぉ、ありがとな。神官の回復魔法を受けられるなんて有り難いね」
道中、魔物の襲撃で傷を負った冒険者をアグネーゼが回復魔法で癒す。
彼等には魔力収納について話したので隠す必要がなくなり、こうして治療をアグネーゼに頼む事も出来る―― のは良いんだけど、治療を受ける冒険者の目線は常にその立派な双丘に釘付けである。
俺も男なのでその気持ちは分からんでもないが、もう少し隠す努力をしてほしいね。あれではあからさま過ぎるよ。美人で体型も良いアグネーゼは、男だらけの冒険者達には刺激が強かったか? 中にはわざと怪我をする者もいる。
「アグネーゼちゃん! 俺も腕を怪我しちゃってさ。治してくれよ」
「おぉ! それはいけませんな。じぶんも回復魔法は使えます故、治しましょう。さ、遠慮なさらずに腕を出してください」
「え!? い、いや、いいよ。俺はアグネーゼちゃんに治して貰うからさ…… おい、止せ! 止めてくれえぇぇ! 」
あぁ…… また一人、オルトンの善意による被害者が増えてしまった。