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取り合えず、エレミアとゴーレムから降りたアンネ以外には魔力収納に戻ってもらう。
『あぁ、この神聖な空間にまたアンデッドが…… しかし、これもライル様がお決めになった事、私も受け入れなければ』
新しく増えた仲間に、アグネーゼが頭を抱える。神官であるがうえに、ヴァンパイアのバルドゥインを仲間として迎え入れるのは難しいようだ。
『ゲイリッヒの時も言ったと思うけど、無理に仲良くする必要はないから。ごめんな、アグネーゼ』
『いえ、とんでもございません。今回私は何も役に立てませんでしたので、文句を言う資格はありません』
そんな事はないと思うけどな。アグネーゼには皆の食事や生活面でだいぶお世話になっているが、本人的には納得していないらしい。
『ここが王の支配する世界、なんと素晴らしい。ここなら、ぐっすりと安眠出来る』
二千年も寝てたのに、まだ寝るつもりなのか? 寝るのが好きなのに寝起きが悪いなんて、もう最悪だよ。出来ればそのまま起きてこないで欲しい。
『その前に久し振りの再会ですので、一杯どうです? 』
『酒か…… そうだな。新しき王に乾杯するとしよう』
魔力収納にある家のリビングで、二人のヴァンパイアが再会を祝して清酒を開け、初めて飲む酒にバルドゥインは思わず唸る。
『これは、先代の王が作っていたものと似ているが、此方の方が洗練された味がする』
『えぇ、酒だけなく、色々と昔とは違うのですよ』
二千年振りだからな、当分話は尽きないだろう。ここはそっとしておくか。
そんな事よりエルマンへの言い訳をどうするかだ。はぁ、村に戻りたくない。
「そんな訳にはいかないでしょ? もう見せてしまったものはしょうがないんだから、素直に話すしかないわ」
「話すにしたって、何処まで? 」
「魔力収納の事だけで良いと思うわ。何も一から全部説明しなくても大丈夫でしょ。もし聞かれても言いたくないって言えば? 」
何でも正直になれば良いとは限らないけど、変に誤魔化すよりはマシかな?
「どうでもいいけどさ、あの村に戻るって事でお決まり? あたしも頑張ったんだから、早く自分へのご褒美にデザードワイン飲みたいだけど? 」
「あぁ、悪い。オルトンがかなり急いでいた様子だったから、もう村には着いている頃だろう。精霊魔法で送ってくれないか? 」
「あいあい。結界が張ってあったから、村の周辺までで良いわよね? 」
アンネの精霊魔法で村の近くまで移動した俺とエレミアは、その足で村の入り口まで歩く。因みにアンネは用事を済ますとすぐさま魔力収納に戻ってデザードワインを飲み始めていた。
「あら? どうやら丁度良かったみたい」
村の入り口付近で見慣れた馬車とルーサの姿が見えた。こうして遠目で見ると、他の馬に比べて如何にルーサが逞しいか良く分かる。
何やら慌てた様子で御者台に乗るオルトンに、エレミアが声を張り上げて手を振れば、オルトンだけではなく近くにいたエルマンと冒険者達もこちらを見ては驚いていた。
「ライル様ぁー! ご無事で何より! このオルトン、彼等を送り届けて今まさに、ライル様の下へと駆け付けようとしていた所存であります!! 」
うぉっ! 神官騎士の鎧を纏った大男が、俺の名前を叫びながら駆け寄ってくる姿はなんと言うか…… 不気味である。
その横を馬車を引くルーサが颯爽と通り過ぎ、俺の前で止まっては嬉しそうに鼻を鳴らして顔を寄せてきた。
「ルーサも心配してくれてたのか? ありがとう、俺はこの通り無事だよ」
だから俺の髪をモシャモシャするのは止めてくれないか? 涎でベチャベチャになってしまうよ。
「くぅ! 何故じぶんは馬車から降りてしまったのか…… あのまま乗っていれば早くライル様の所へ行けたものを! 」
後悔を口に出しながら走ってくるオルトンに溜め息が漏れる。
肩で息をするオルトンとルーサを引き連れて、村の入り口まで歩く。まったく、無理に走ってこなくても彼処でエルマン達と待っていれば、無駄に疲れなかっただろうに。
「一刻も早くライル様のお側にと思ったら、自然と走っておりました。ところで、あの恐ろしいヴァンパイアを倒したのですか? 」
「えっと、何て言ったら良いのか…… 要点だけで言えば、バルドゥインが仲間に加わったよ」
「…… は? ライル様、それは掻い摘み過ぎではありませんか? もっと詳しいご説明を所望致します! 」
ごめん。そうしたいけど、もう入り口付近で待っているエルマン達の所に着いちゃったから、また後でな。
「ライルさん…… 聞きたい事が山ほどありますが、一先ずご無事で良かったです」
「本当だぜ、心配させやがって。とにかく、村長から借りた家に戻ろう。話はそれからだ」
「はい、ご心配をお掛け致しました。皆さんも無事で何よりです」
俺達はお互いを無事を確認し合い、村の外れにある借家へと移動する。
さて、ここからが問題だ。バルドゥインは倒したとか言って誤魔化せるが、ギル達と魔力収納についての説明は免れないだろうな。
それにより諜報員のエルマンには報告義務があるので、確実に王妃様へと伝わってしまう。その前に領主様とシャロットに連絡して、何か良い対応策を考えてもらうよう頼んでみるか。