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何がどうなってるんだ? 今も跪いて一向に動く気配を見せないバルドゥインに、俺の頭には幾つもの疑問符が浮かび消えてくれない。
側いるエレミアとテオドア、それと堕天使達も一応警戒はしているものの、どうすればいいか困惑している。ただ一人、ゲイリッヒだけが訳知り顔でバルドゥインを見つめていた。
「これは…… どういう事か説明してもらおうか? 」
「なに? もう、おわり? 」
「ありゃりゃ、なんか随分と大人しくなっちゃってんね」
人化したギルと体中に目玉と牙を生やした男の子姿のムウナ、最後にゴーレムに乗ったアンネが何事かと空から下りてくる。
「いや、俺も良く分からなくて…… ゲイリッヒからバルドゥインに命令してくれって頼まれてさ、それで言う通りにしたらこの有り様だよ」
皆の視線を集める中、ゲイリッヒはコホンと小さく咳払いをした。
「バルドゥインは私と同じように、我が主から何かを感じ取ったと思われます。サンドレアの館で私が話したのを覚えておりますか? 我が主は何処かあの御方と似ていると」
あぁ、確かにそんな風な事を言っていたような…… でもそれは同じ異世界からの記憶持ちだからなのではないのか?
「それだけではこの感覚に説明が付きません。私だけのものかと思っておりましまたが、バルドゥインもとなると勘違いや錯覚の類いではありません。我が主はあの御方と何かしらの繋がりがあると見て良いでしょう」
とは言ってもねぇ? 二千年前の魔王と、同じ異世界の記憶持ち以外に何の繋がりがあると言うのか…… 増々増える疑問符に頭を抱えていたら、ここで初めてバルドゥインが口を開いた。
「発言を、よろしいか? 」
「え? あ、はい。どうぞ」
反射的に答えると、バルドゥインは跪いたまま話し出す。
「ゲイリッヒが感じているもの、それは錯覚でも何でもない。我々ヴァンパイアは血の匂いと味で、その者の魂を見極める。貴方様は紛れもなく、王の魂の系譜に連なる者」
王って、もしかして二千年の魔王だよな? 系譜って事は、俺の祖先がその魔王になるのか? えぇ、でもその魔王の妻も子供も皆ヴァンパイアになっているのに、子孫なんか残せない筈なんだが?
「バルドゥイン、それは確かなのですか? 」
「ゲイリッヒ、お前は王の崇高なる魂の気配すら、忘れてしまったのか? 俺は覚えている。忘れる事など、出来はしない」
「しかし、私達ヴァンパイアは子供を成す事は出来ず、あの偉大なる御方の家族もヴァンパイアで、二千年前の大戦で命を失い誰一人生き残ってはいない」
「お前は根本的な所が、間違っている。俺は、魂の系譜と言った。王の魂は異世界のもの。そして、この方の魂も異世界のもの」
「…… っ!? ま、まさか! 」
バルドゥインとの会話で何かを察したのか、ゲイリッヒが目を見開いて俺を見詰める。
あのぅ、二人で盛り上がってるところ悪いんだけど、そろそろ説明してくれませんかね?
「一つ、お聞きしたい。“イガラシ ゼンジ” この名前に、聞き覚えは? 」
は? 何でその名前を知ってるんだ? もしかして…… いや、そんなの有り得な―― くはないのか?
動揺する俺に、バルドゥインは納得したように頷いた。
「これは、王の前世での名前」
“五十嵐 善治” 前世での父親の弟、つまりは俺の叔父だった人物だ。
叔父は自由奔放な人だった。片手で収まるような荷物で色んな国へ旅をし、正月に帰ってきてはその時の事を面白可笑しく話してくれる。
まだ小学生だった俺には、初めて聞く異国の文化や習慣によく驚かされたものだ。そんな俺のリアクションが嬉しかったのか、叔父は旅から帰ってくる度に、様々な土産話を持ってきてくれたよ。子供のように自慢気に語る叔父が、俺は好きだった。
しかし、定職もつかずに遊び歩いていると、親戚の中では評判はあまり良いと言えず、唯一の理解者が俺の家族だけ。酷い者は親族の恥だと言う人もいたっけな。
それでも、自分の好きなように生きる叔父に、自然と憧れに似たようなものを抱いたし、尊敬もしていた。よく俺も一緒に旅へつれていってくれとせがんだものだ。そんな俺に、叔父は何時も笑顔でこう答える。
―― その前にお前が自分で責任が取れるような大人にならないとな――
大人になったら叔父と共に旅が出来ると思っていたが、ついぞその願いは叶わなかった。
俺が中学に上がってすぐの頃、外国の地で叔父が命を落としたとの訃報が家に届く。何かのトラブルに巻き込まれたらしい。あまりにも呆気ない叔父の死に、現実味がないまま葬儀が執り行われた。
親族一同集まる中、本当の意味で叔父の死を悲しんでいたのは俺の家族だけ。他の人達は形だけ悲しんでは影で勝手な事を言う。
―― いずれはこうなると思っていた――
―― 真面目に生きないから、自業自得だ――
―― 最後まで好きに生きたんだから本望だろ? ――
お前らに叔父の何が分かる!! ちゃんと叔父と向かい合おうとせず、想像だけで決め付ける彼等に怒りを覚えた。
怒鳴り散らしてやりたかったが、中学生の俺ではこの沸き上がる激情を言葉に出来ず、叔父の棺桶の前で悔し涙を流すしかなかった。
いま思えば、叔父は絶対に約束を交わす事はしなかったな。きっと分かっていたんだ。遠い異国へ旅立つという事は、楽しい以上に危険が伴うものだと。
それから十数年。俺は憧れた大人には程遠いものになってしまった。そんな俺を見たら、叔父は何と言っただろうか?
まさか善治叔父さんがこの世界に記憶持ちとして生まれ変わっていたとはね…… 旅好きな叔父さんらしいや。
でもさ、魔王になるなんて、いくら異世界だからとやり過ぎなんじゃない? ほんとに自由な人だよ。