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「むっ!? 何だ、これは!! 」
「かちかち、うごけない」
「おいこら! あたしのゴーレムに変なもんくっつけてんじゃないわよ! 」
バルドゥインの体から発生した血の霧が、ギル達の手足に集り結晶化して動きを封じる。
すぐに結晶化した血液を壊して体を自由にするギルだったが、その僅かな時間でバルドゥインに詰め寄られ、あの刃物みたいな爪で胴を掻き切られてしまう。
「がぁっ! 小癪な真似を」
壊してはまた纏わり付く血の結晶に、思うように動けないギル達へ、バルドゥインは攻撃の手を緩めない。
「かちかち、じゃま」
「くぬやろ~、間接に詰まっちゃって、動きが…… 」
三対一だというのに形勢が逆転してしまい、ギル達が押され気味である。そしてどんな時でも、バルドゥインはよく此方へと目を向ける。まったく、そんなに俺を殺したいのかね?
うん? また血の霧が俺達の周囲を包むように発生している。今度は何をしてくるつもりだ?
「厄介な霧だ……お前達、油断するなよ! 」
タブリスの号令で堕天使達が槍を構え、警戒を高める。そんな彼等の側で血の霧が集り結晶化した棘が堕天使達を襲う。
突如として空気中から生える赤い棘に、次々と串刺しになる堕天使達。そして遂にはエレミアの側でもあの血の霧が集まっていくのが視える。
このままではエレミアも血の棘に貫かれてしまう。堕天使達の肉体と違って、エレミアの体はそんなに頑丈ではなく、当たり所が悪ければ即死も免れない。
俺は焦りつつも魔力を操作して、棘が形成される前にバルドゥインの魔力を消すが、数が多くてエルマン達まで気が回らない。悪いがオルトンに頑張って貰うしかないな。
流石に二千年前の大戦を生き残っただけはあって、バルドゥインは戦い慣れている。数の差を感じさせないどころか、逆にこっちが不利な状況へと追い詰められてしまう。
しかし、ギル達三人ならこのまま時間を掛ければいずれはバルドゥインを倒せるだろう。問題はそれまでエルマンと冒険者達が持つかどうかだ。
一日二日戦い続ける事にでもなったら、普通の人間である俺達ではついていけなくなる。ここはあの三人に任せて、この場から離れた方が良さそうだ。近くにいてはギルとムウナも本気が出せないだろうしな。
ここまでエルマンに見せてしまったのだから、もういいか。ここから逃げる為、俺はエルマン達を魔力収納に入れようとした時、ゲイリッヒが口を開いた。
「やはりおかしい…… 私と我が主だけ攻撃されていません。バルドゥインは正気のようです」
俺とゲイリッヒだけが? 言われてみれば…… 確かに、血の霧で苦しんだのはバルドゥインの魔力より弱い者だけで、俺は勿論ゲイリッヒにも効果が薄かった。それに今も襲い掛かる血の棘だって、俺とゲイリッヒにだけ不自然に避けられているようにも見える。
「バルドゥインが正気だとしたら、どうして? ゲイリッヒが狙われないのは仲間だったのを覚えているからとして、俺は何故? 」
バルドゥインの不可解な行動に頭を悩ませる俺を余所に、ゲイリッヒは成る程と一人で納得していた。
「これは、もしかしたら…… いけるかもしれませんね」
あのさ、こっちは襲われているエレミアや堕天使達のフォローで大変なんだから、一人で合点しないでくれるかな?
「我が主よ、バルドゥインに大きな声で命令して下さいませんか? 」
「はい? 命令って、何を? 」
「言い方は何でも良いです。とにかく戦うのを止めるよう語尾を強めてお願いいたします」
はぁ? よく分からないけど分かったよ。強目に命令すればいいんだな? それでバルドゥインが怒ったら責任取ってもらうぞ。
ふぅ…… 俺は息を吐き、素早く頭で言葉を組み立てては息を吸う。意を決してバルドゥインへ大声を張ろうとしたら、思わぬ邪魔が入った。
「えぇい、鬱陶しいのよ! これでもくらえ!! トルネードロケットパーーーンチ! 」
アンネがゴーレムの高速に回転する腕を、バルドゥイン目掛けて発射する。しかし、それはただの回転するロケットパンチではなかった。腕を中心として激しい風が吹き荒れる様子は、さながら竜巻を纏っているようである。
ゴーレムのロケットパンチは周りの木々を薙ぎ倒し、地面を抉りながらバルドゥインに真っ直ぐ飛んでいくが、空へと避けられてしまう。
まぁ、どんなに威力があろうとも、一直線という単純な軌道ではそりゃ当たらないよ。
「ぬははは! どうだ!! ゴーレムと精霊魔法の組み合わせは最強だね! 」
うわ…… これは酷い。妖精が自然破壊してどうすんだよ。アンネにあんな危ない玩具を渡したのがいけない。帰ったらシャロットに抗議してやる。
「ライル、アンネ様のお陰で血の霧が晴れたわ」
エレミアの言うように、霧が綺麗に晴れていた。あの激しい風圧で霧を全部吹き飛ばしたのか。無意味に自然を破壊した訳ではなかったんだな。
空へと逃げたバルドゥインは空中に静止して、歯が剥き出しになっている口を大きく開く。すると中から先の尖った血の塊を、アンネに向かって吐き出した。
「うお!? きったね! 」
汚ないものでも避けるように回避したアンネだったが、血の塊が地面に着いた瞬間、一気に破裂してアンネが乗っているゴーレムごと包み込み結晶化して閉じ込めてしまう。
「はぁ、これだから羽虫は…… まぁあんな奴はどうでもいいとして、空に逃げたのは悪手だったな。そこなら我も存分に力を出せる! 」
ギルは地面を強く蹴り、バルドゥインと同じ高さまで飛び上がると、本来の姿へと戻る。
おぉ! 久しぶりに外で龍の姿のギルを見たけど、やっぱり大きいな~、なんて呑気に構えてる場合じゃない。これはチャンスだ。
「エルマンさんと冒険者の皆さん! 今の内に逃げて下さい!! 」
「ライルさんはどうなさるつもりで? 一緒に逃げましょう! 」
「すみません、エルマンさん。俺はまだここに残らなければなりませんので、一緒には行けません…… オルトンさん、彼等を無事に村まで送り届けてください」
エルマンは俺の返答に驚いていたが、それ以上にオルトンが驚愕の顔で固まっていた。
「し、しかし! じぶんはライル様をお守りする為にお側にいなければ…… 」
「お願いします。俺達の中で、一番守りが得意なオルトンさんしか頼める者がいないんです。俺の馬車に乗って早くここから離れて下さい」
「…… 承知致しました。そこまで信頼されているのなら、応えない訳にはいきません。村まででしたね? 彼等を送り届けた後、すぐに戻って参ります! 」
渋々だけど、引き受けてくれて良かった。守りに特化した神官騎士なら、安心してエルマン達を任せられる。
「ライルさん! 後で詳しく話をお聞かせ願いますよ。ですから、生きて村へ戻ってきて貰わないと困ります」
「な、なんか知らないけど、逃げるって事で良いんだよな? ライル、お前が何者かは知らねぇが…… 同じ鍋をつついた仲だ、死ぬんじゃねぇぞ」
オルトンが先導してエルマンと冒険者達が、林の奥へと走り去っていく。
これで憂いは取れたので、ギルも思いっきり力を出せるだろう。
しかし…… なんか忘れてるような気がするぞ? ふと横を見れば、困った顔をしたゲイリッヒがいる。あっ! そういやバルドゥインに止まるよう命令してくれと言われてたんだった。ごめん、スッカリ忘れてたよ。でも、あれじゃ俺の声は届きそうもないな。