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「おう、起きたか」
目の前にいるガストールは真剣な表情をしている。
「何かあったんですか?」
「ああ、月が雲で隠れちまってよく見えねぇが、何かが俺達を囲んでやがる。取り合えずテントから出て、馬車に向かうぞ」
ハニービィが発見した奴等か、エレミアを起こしてテントから外に出ると、馬車の近くで既に臨戦態勢に入っているグリムとルベルトが辺りを警戒していた。
「お! お二人さん、起きたっすか」
ルベルトはチラリと目を向けるだけで、直ぐに周りの暗闇に視線を戻した。二本の小剣を抜いて普段のチャラさが身を潜め、一端の冒険者の顔になっている。
グリムも槍を構えて、闇を見据えたまま動かない。彼等の緊張が伝わって来たのか、背中に嫌な汗が流れる。
「ガストールの兄貴、何だと思うっすか?」
「さあな、ここら辺にはデカイ奴はいないはずだ。小物が群れで来ているのかもな」
俺は集中して周りにいる魔力を視る。それは白い影となって四本足の獣ような姿を形作り、数は二十ほど確認できた。
「ガストールさん、四足歩行の獣の姿で、約二十匹います」
「見えるのか?」
「はい、俺は魔力を視る事が出来ますので」
「…… そうか。この辺りで四足歩行の獣といえば、ブラックウルフだな」
「信じてくれるんですか?」
ガストールは厳つい顔を歪め、不敵に笑う。
「こんな時に嘘を言ってお前に何の得があるんだ? それよりこの暗さじゃ戦いづらい、俺の魔法だけじゃ心許ないし、何か明かりになるのは持ってないか?」
「灯りの術式を刻んだ魔石が何個か有ります。それを周囲に撒けば、大分見えるようにはなると思います」
それを聞いたガストールは短く思考を巡らせ、二人の仲間に呼び掛ける。
「お前ら! 敵はブラックウルフ、数は約二十。ライルが暗闇を照らす! 相手が見えても、突っ込むんじゃねぇぞ! 依頼内容は護衛だ! 討伐じゃねぇからな!」
「了解っす!」
元気に返事をして、二本の小剣を構えるルベルト、無言で槍を構え直すグリム、ミスリルの剣を抜いて戦闘体勢に入るエレミア、盾と剣を構えたガストールが目で合図を送る。
俺は魔力収納から魔石を取り出し、魔術を発動させて周りにばら蒔く。魔石は眩い光を放ちながら四方八方に散らばり、辺りを明るく照らした。
明かりに照らされ、姿を現したのは、大型犬程の大きさの黒い毛並をした狼だった。四本の足は太く、人間の体なんか簡単に切り裂けるような鋭い爪が伸びている。眼は血のように赤く、大きく裂けた口には鋭く尖った牙がビッシリと生えていた。
ブラックウルフは突然の光に驚き硬直しているその隙に、自分の魔力をエレミアやガストール達に繋げて魔力念話を送る。
『聞こえますか? 今、俺の魔力を皆さんに繋ぎました。心で語りかけるように念じれば、他の人達に伝わります。指示があればこれでお願いします』
「おわ!? 頭の中に直接声が響くっすよ!」
「へぇ、こいつは便利だな」
数匹のブラックウルフが唸りを上げながら襲い掛かって来る。先ずは様子見と言った所か。
『心で語りかけるってのはこれでいいのか? グリム、ルベルト。あいつらは任せた! ライル、おめぇは馬車の中に入ってろ! 』
『すげぇ! ほんとに聞こえるっす!』
飛び掛かるブラックウルフをルベルトとグリムは上手く往なしつつ反撃を加える。その様子を伺っていた他のブラックウルフ達が雄叫びを上げ、一斉に走り寄って来た。
俺は魔力飛行で馬車の上に乗り、ルーサを魔力収納に避難させると、石を先の尖った弾丸状に加工した物を数個取り出して宙に浮かせる。殺傷力は低いけど牽制にはなるだろう。
『俺が上から援護します! 後、俺は皆さんの魔力を補充する事が出来ますので、魔力の残りを気にせず魔法を使って下さい』
『はあ!? それほんとっすか! どんな仕組みっすか?』
『出来るってんだから出来るんだろ! つべこべ言う暇があったら、一匹でも多くぶっ殺せ!!』
馬車の上から石の弾丸を回転させながら放ち、ブラックウルフに隙を作る。その隙を突いてエレミアとガストール達は攻撃を加える。
馬車を中心に四人が囲む陣形が自然と出来上がっていた。エレミアは風と雷の魔法を駆使してブラックウルフ達を着実に捌いていく。エレミアには俺の援護は要らないな、却って邪魔になるかもしれない。
ルベルトは身軽な動きで相手の攻撃を躱しつつ、二本の小剣を振るう。的確に相手の急所を突く正確さは秀逸である。多少離れていてもルベルトが剣を振ると風魔法が一直線にブラックウルフに向かって行き、その体に深い切り傷を刻み付ける。まるで斬撃を飛ばしているみたいだ。
グリムは槍に雷を纏わせ、ブラックウルフを一撃のもとに倒している。余計な動きはせず、鋭い突きを放つその速さは俺では目視する事が出来ない。腕がブレたかと思った次の瞬間には槍が相手に突き刺さり、穂先から電撃を放ち相手を絶命させていく。
ガストールは盾を上手く使いシールドバッシュの時に火の魔法で盾を覆いブラックウルフを怯ませてから、剣で止めを刺す堅実な戦いをしている。時折、炎弾を飛ばして周囲の草花を燃やしては明かりの代わりにしていた。
『なかなかやるね! でも、わたしの精霊魔法の方が凄いけどね!!』
『うむ、三人の中では、あの槍使いが一番の実力者だな。実に見事な槍捌きだ』
アンネとギルは俺だけに聞こえるように話している。三人とも動きも良く、其々に違う魔法スキルを持っているようだ。其なのにランクはシルバー級なのが不思議だ。確か下から数えて三番目なんだよな、上級の冒険者ってのはどんだけ強いんだ?
『うひょー!! すげぇっす! 使う度に魔力が回復してくっすよ、使い放題っす!』
テンションが上がりまくったルベルトが滅茶苦茶に魔法を使いまくる。
『ルベルトさん! 俺の魔力は無限では無いので、無駄撃ちは止めて下さい!』
何も無い所にも魔法を撃ちやがって、せめてブラックウルフに向けてくれよ。
『んだと!! おい! ルベルト! 遊んでんじゃねぇ!! 』
『ウッス!! すいませんっす!』
ガストールの一喝で、やっとまともに戦うルベルト。気付くと周りからブラックウルフの姿は見えなくなっていた。
『いなくなったな、おい! そっちはどうだ? ブラックウルフはいるか?』
『私の方にはいないわ』
『こっちもいないっすね』
『…… 此方にもいない』
『うは! グリムの兄貴の声、久しぶりに聞いたっすよ!』
魔力を確認してもブラックウルフは視えなかった。残りは逃げ出したのだろう。
『魔力も視えないし、もういないみたいですよ』
皆で馬車に集り、これからの事を話し合う。取り合えずブラックウルフの死体を収納して、日が昇り明るくなってから出発することにした。ブラックウルフの素材は後で均等に分ける為、依頼が完了するまで一旦俺が全部預かっている。
「くそ! 鎧がボロボロになっちまいやがった」
三人の怪我を魔力支配のスキルで治していると、ガストールが鎧を脱いで苦い顔をしていた。
「だから、新しいの買おうっていったんすよ。もう修理は無理っすよ」
「仕方ねぇだろ。誰かさんが活躍してくれてるお陰で、割の良い仕事が無くなっちまったんだ。新しい鎧を買う余裕なんかねぇんだよ」
「オレッち達の評判も最低でしたっすからね~、受けた依頼を取り消された事もあったっすね」
「インファネースに着くまで、鎧無しで行くしかねぇか」
鎧か、そう言えばジャイアントセンチピードの素材で作った防具があったな。彼等の体に合うように微調整すれば良いだけなので直ぐに提供出来る。さて、どうしようか。貸すか売るか、金が無いとか言っていたし、貸す方が良いのかな? いや、ここは依頼料から天引きにするか。
「あの、丁度皆さんに合う防具が一式ありますけど、お譲りしましょうか?」
「なに! 本当か! いや、でも金がな……」
「代金は依頼料から差し引くのはどうでしょう?」
「なんだと? それは助かるが、良いのか?」
「はい、良いですよ」
魔力収納からジャイアントセンチピードの外骨格で作った胴鎧、腰当て、籠手、脛当を取り出す――勿論サイズは調整済みだ。
ガストール達は防具を念入りに調べて驚愕した。
「こ、こいつの素材はジャイアントセンチピードか? 加工すんのにえらく手間が掛かるってんで、結構値が張るやつだぜ。今回の依頼料じゃたりねぇぞ」
あれ? 思ったより価値があったのか。ガストールの話だと素材よりも加工費が高いみたいだ。俺のスキルが有れば加工は簡単なので、残りの素材も全部何かしらに加工してしまおう。
「それでは、今回の依頼料はその防具で良いですよ」
「本当に良いのか?」
「ガストールの兄貴! ライルの旦那が良いって言ってんすよ。有り難く貰っておくっす」
「あ、ああ、そうだな。じゃあ、遠慮なく貰うぜ」
三人は新しい防具を嬉々として装着していく。虫特有のテカリがある薄茶色の防具一式を身に付けたガストール達は、それはもう立派な野盗にしか見えなかった。
「何か、もう冒険者には見えないわね」
うん、そうだね。でもそれは心の中で言って欲しかったな。




