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腕なしの魔力師  作者: くずカゴ
【第十六幕】七人の勇者候補と戦禍の足音
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52

 

 珍しくエレミアが本気で怒っている。とても落ち着けと言える雰囲気ではない。


「どうしたのかなぁ? 指一本触れさせないんじゃなかったのぉ? 」


 そのうえ更に赤いウェアウルフが煽るからもう爆発寸前。そうなってしまったら相手の思うツボだ。


『エレミア、耳を貸すな。ここは冷静になってアイツの動きを止める方法を考えよう! 』


『分かってる…… 大丈夫よ。私は、全く冷静そのものよ! 』


 全然そうは見えないんですけど!? ほんとに大丈夫か? 額に浮かんだ血管が今にもぶち切れそうで怖いよ。


 ふぅー、と深く息を吐いたエレミアの足下から、何やら白い靄が発生し、周囲の地面に拡がっていく。


 心なしか気温も下がったような…… エレミアさん? いったい何をする気ですか?


「はは! 何それ? そんなんで私は止められないわよ! 」


 木から木へと高速で飛び移る赤いウェアウルフが、エレミアの背後を取り着地した瞬間、驚く事が起きた。


「ふぎゃっ! ちょっとぉ、何よこれぇ! 」


 転けたのだ。あの赤いウェアウルフが足を滑らせて豪快に転げてしまったのだ。


 足下に拡がる白い靄が晴れると、氷の地面が露となる。そうか、エレミアは水魔法で地面を凍らせていたのか。あの音楽番組なんかでよく見るスモークのような靄は、敵の目を欺く為だったんだな。


 流石はエレミア、怒っていると見せ掛けて実は冷静沈着にあの赤いウェアウルフを誘っていた訳か。


「くっ! だから何? 今のは不意打ちで転んだだけ。知っていれば氷の上でも動けるわ」


「別に…… 少しだけで良いの。ほんの少し、貴方の動きを止めさえすれば…… 」


 急いで立ち上がろうとする赤いウェアウルフの真上が発光してバチバチを明滅する。


「思う存分、私の雷魔法をぶち込める!! 」


 激しい光と共に一本の太い稲妻が、一直線に赤いウェアウルフに落ち、その衝撃で地面の氷が割れて飛び散った。


「ひぎゃああぁぁ!!! 」


 けたたましい叫びが響く中、第二、第三の稲妻が赤いウェアウルフへと降り注ぐ。


「よくも、私の前で…… ライルが受けた痛み、何倍、何十倍して返してあげるわ! 」


 まるで親の敵かのように稲妻を放ち続けるエレミアに、開いた口が塞がらない。


 演技だと思っていたが、どうやら違ったようだ。エレミアって本気で怒ると静かになるタイプ? 頭は冷静に且つ心には怒り狂うといった感じか? 今も尚止まらない局地的な雷の雨を真顔で赤いウェアウルフにぶつけるエレミアを見て、この先絶対に怒らせないようにしようと心に決めた。


 最早何発目かも分からなくなる頃には、あれぼど五月蝿かった叫びも聞こえなくなる。


 他の二体も仲間がらやられているのを見て、助けに入ろうとするが、ゲイリッヒとムウナに邪魔されて、思うように助けに行けないようだった。


「カリナ! …… 邪魔だ、ヴァンパイア! そこをどけ!! …… マトヴェイ! 何をしてしている、早くカリナを! 」


「分かっている! ちっ、触手が邪魔くさい! この化け物、俺の速さに徐々に順応してきているだと? 」


 ふぅん、赤いウェアウルフがカリナで、黒いウェアウルフがマトヴェイという名前か。



 そのカリナはエレミアにまだ魔法を浴びせられてるし、マトヴェイは速さに慣れてきたムウナの触手攻撃に悪戦苦闘。ウォルフが焦るのは仕方ない事だ。


 漸くそのスピードで、狂ったように降り注ぐ稲妻の中なら仲間を救い出したウォルフの腕には、真っ黒に焦げて煙をあげているカリナの姿があった。


「おい! 大丈夫か!? 」


「…… 助けに、来るのが…… 遅いのよ」


 驚いたな…… あれだけの稲妻を受けてまだ喋れるのかよ。てっきり既に息絶えたかと思っていたけど、よくよく考えればカーミラの手が加えられているのだから、そう易々と倒せはしないか。


「惜しいわね。あとちょっとで殺せたのに」


 カリナの体毛は焼かれ、黒く焦げた体がボロボロと剥がれていき、中から新しい赤い毛が生えてくる様子を見たエレミアは、とても不満気な表情をしていた。


「やれやれ、これでまた振り出しですか? 意外にも丈夫なのですね。しかしギルディエンテ、貴方がついていながら何故我が主が血を流したのか…… そこの所を後で詳しく説明して頂きましょうか? 」


 おぅ、ゲイリッヒが落ち着いた雰囲気で俺とエレミアに近付いて来るが、内心かなりご立腹だ。


『どいつもこいつも、ライルを甘やかし過ぎる。守ってばかりでは一向に成長しない。ライルにはもっと強くなって貰わねば、何れ困るのは我達だと言うのに…… 良いか? ライルよ、この先もっと手強い相手が出てくる事だろう。その時、お前の身を守れる余裕がある者がいないかも知れん。結局は、己を最後まで守れるのは己しかおらんのだ』


 成る程、確かにギルの言い分は頷けるな。誰かを守りながら戦うには限界がある。俺がエレミア達の足手まといなって、危険な目に合わせる訳にもいかない。強敵との実戦で、俺を鍛えようとギルは考えている訳か。


「あの黒いのはムウナだけで平気そうですので、ここは我が主も含めて三人でお相手を致しましょう」


「そうね、あの赤いのだけは絶対に逃さないわ」


「私も同感です」


 えぇ……? 物凄い悪い顔で赤いウェアウルフであるカリナへと殺気をぶつけるエレミアとゲイリッヒ。これじゃあ、どちらが悪者か分からなくなるよ。


 まぁ、何はともあれこれで三対二となった訳だから、僅かながら此方が有利なのかな?


 完全に元通りになったカリナとウォルフの二体と睨み合い、第二ラウンドのゴングが鳴ろうしたその時、後ろから大きな爆発音と共に暴風が吹き荒れる。


 何だ? 一瞬にして地下から膨大な魔力が膨れ上がったのが視えた気がしたけど。


 まさか、嘘だと言ってくれ。きっと俺の勘違いさ、そうに違いない。


「おっと、これはいけませんね。どうやら最悪の事態になったようです。バルドゥインが目覚めてしまいました」


 ですよねぇ…… あぁ、もう! よりにもよって今目覚めるかね? ほんと勘弁してくれよ。

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